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2006/10/07

ワーグナーの毒

トリスタン・イズー物語(ベディエ編)

 『トリスタン・イズー物語』は、ケルト人の伝説を起源とする、中世ヨーロッパに広く流布した恋物語をジョセフ・ペディエの偉業が今日によみがえらせたものである。愛の秘薬を誤って飲み交わし、永遠に求め合う男女の悲恋が描かれている。

 コーンウォールの地を治めるマルク王のもとに、アイルランドより王の妃となるイズーを連れ帰る役目を果たしていた勇敢な騎士トリスタン。トリスタンはマルク王の甥であり、王の信頼厚く、この上なく愛されていた。
 この婚礼のために、イズーの母はイズーの待女であるブランジャンに密かに「葡萄酒」を預ける。婚礼の夜にマルク王とイズーがこの葡萄酒を二人きりで飲み干すように給仕することを命ずるのだった。この「葡萄酒」は、母が秘法と魔術によってつくり上げた愛の秘薬で、この秘薬を共に味わった者は、身も心もひとつになり、未来永劫に愛し合うことになるのだという。イズーの母は、娘の結婚が失敗に終わることのないように、この秘薬を生み出したのだった。
 アイルランドからコーンウォールへと向かう船旅の途中、あろうことか王の甥トリスタンとイズーがそれとは知らずに、この秘薬を共に飲み干してしまったのだった。
 その瞬間に、二人は恍惚の中で互いに愛し合っていた。自分を信頼し、こよなく愛してくれるマルク王への裏切りを思い、トリスタンは絶望する。イズーは王のものであり、自分は決してイズーを愛してはならぬのだと彼は自分に言い聞かせる。しかしトリスタンは全身全霊でイズーを恋し、求める自分をどうすることもできなかった。そして同様に、イズーのほうも、トリスタンを心の中から追い出そうとすることに失敗し続けるのだった。
 秘薬を飲み交わして三日が過ぎた時、トリスタンは涙を浮かべたイズーにたずねる。「愛しい人よ、あなたを苦しめるものは?」と。
 イズーは答える。「あなたをいとおしいと思う私の心です」。

 イズーのこの返答で、トリスタンは彼女の唇に、自分の唇を重ね合わせる。美しい二人の肉体は強く結ばれ、その恍惚の中で、欲求が波打ち、生命が輝きはじめるのだった。
 トリスタンは、「さらば、死よ、きたれ!」と言った。彼は、掟を超え、恩義に背き、すべてを超越して、この道ならぬ永遠の愛に身を滅ぼすことを覚悟したのだった。

 マルク王の妃となったイズー。王宮の中にあって王にかしずくトリスタン。この二人は偽りの仮面を被って、いつも一緒にいることができた。はじめの頃は誰も二人の仲を疑る者はなかったが、恋に酔いしれる二人には、互いに求め合う心から、その思いを隠し切ることができなかった。彼らの愛欲の疼きは、いたるところで露呈し、それに気づかぬ者は、もはやこの二人を愛し、信頼するマルク王ばかりとなっていた。
 騎士トリスタンの武勇を妬む四人の悪者が、トリスタンを追放するために、この道ならぬ恋に目をつけて、様々なたくらみを企てる。彼らはマルク王に二人の不倫を告げ、証拠を挙げて王の怒りを引き起こす。これにより遠く離れ離れになった二人であったが、どんなに引き離されても、どのような苦汁を舐めても、互いの魂は、そして肉体は忍び寄り、ついには死の抱擁によって、天上へと運ばれてゆくのである・・・・。

                         ※ 

 『トリスタン・イズー物語』は、ヨーロッパにおいては「情熱恋愛の神話」として、人々の心に多大な影響を与えたものとして知られ、そして愛されている。それはとりもなおさず、人々の心の底にある理想が、あらゆる掟や障害を超えたところになお成立する<永遠の愛>に向けられていたからなのだろう。
 この書物を評したガストン・パリスはこう述べている。「人生を平凡もしくは退屈な絶望におとしいれることなくして、この理想を取り除くことはできない」と。
 すなわち、それが私たちの飽くなき恋の理想の姿であったとしても、平凡や退屈を退けて、欲望を貫くとき、そこには各人の人生を破滅に追いやる危険な毒汁が満ちていることを指摘しているのだ。
 そしてこの物語の「毒」の甘美に心を奪われた者には、さらなる魔術が用意されていることを言っておかなければならない。
 現代社会に生きる私たちには、もはやこの物語で当たり前のように語られた秘法や秘薬は存在しない。だが、そのかわりに、一人の天才作曲家が、この秘薬に似た魔術を私たちに提供してくれていることを知ったならば・・・・。

 それは、ワーグナー作曲の『トリスタンとイゾルデ』である。(イゾルデとは、フランス語におけるイズーのドイツ語読みで、両者は同一の人物をあらわしている)。
 初めてワーグナーのこの作品に触れたとき、言葉にできないほどの強い衝撃を受けたものだ。とりわけ前奏曲と「愛の死」は、官能の昂ぶり、めくるめく愉悦感、絶対の愛の神秘、ほとんど死とすれすれの恍惚、こうした魅惑に満ちた危険な毒と、最上の美を敷き詰めた魔術的な旋律によって、聴く者の心を虜にする。
 
 ひとたびこのワーグナーの「毒」を喉元に流し込んだ者は、愛について考える時、その至上の恍惚を、死をもいとわぬ絆を、究極の愉悦と、そして苦悩とを、自らの凡庸な愛に照らし合わせることを、心のどこかで強いられるだろう。
 死を見据えた至福の官能に高揚し、打ち震える心を、この音楽によって体感するとき、ワーグナーの「毒」が、もはや消えぬ染みのように、胸の奥深くに刻み込まれるからだ。

 
 

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コメント

こんにちは^^
トリスタンとイゾルデは映画で観ました。
現代人にわかるようにエピソードの重要な部分は省かれていたのが残念でした。
上にも書かれていますが、媚薬の部分は皆無でした。
レビューを読んでいただければ判りますが、イゾルデ役がチアガールのようで、なんかイメージが・・・。
金髪と言うと「お色気タイプ」と「クールビューティ」に分かれますが、この女優さんは前者なのかな・・・。
どうせならクラシカルな美貌のクールビューティに演じて欲しかったです・・。(-。-;)

投稿: Diane | 2006/10/10 22:59

>Diane様

コメントありがとうございます。
The Gothic のこの映画のレビューを改めて読み、
その辛辣でかつ的確な指摘に感心しています。
映画は The Gothic におまかせし、ここでは原作のほうを取り上げてみました。
映画がこの秋公開ということで、
時代遅れの私にしては「旬な話題」のつもりですが、
この記事を見てくださった方には是非、The Gothic のレビューを読んでいただきたいと思っています。
金髪美人の分類がおもしろいですね。
それから、私はやはりDiane様と同じく、この映画で「秘薬」が用いられなかったのは残念だと感じます。
逆境で燃える恋は、他の悲恋の映画でいくらでも知ることができますが、
秘薬があるからこそ『トリスタンとイゾルデ』なのではないかと思うのです。
現代的には「秘薬」など説得力のないものとして、監督が切り捨てたのだとすれば、残念です。
それを現代に魅惑的によみがえらせる力量がなければ、
この映画を作る意味はなかったのではないかと、
私もDiane様と同じように、考えています。

投稿: Pepite | 2006/10/11 22:28

Pepiteさん おはようです(o^∀^o)ノ

今自分がそうゆう秘薬を持ってたらどう使うか想像してしまいました(^^;)
でも今ならもういらないかな・・・
もっと若い時だったら凄く欲しいと思う秘薬かもしれませんね(笑)

投稿: ファズ | 2006/10/13 10:00

>ファズさん

そうですね、ファズさんはもはや秘薬はいらないでしょうけれど、私の場合は!(笑)
今は新しいダーリンができてラブラブですが、
もしもこんな秘薬があれば!と、貪欲な私はつい考えてしまいます。
しかし自分のことよりも気になるのは、
我が愛鳥カピとブルーノ。
最近喧嘩ばかりしてて険悪なので、この秘薬をプレゼントしたいよ!

投稿: Pepite | 2006/10/13 23:16

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