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2006/06/04

ロリータ(ウラジーミル・ナボコフ著)

 お気に入りの本は何度も読み返す私が、これまで一番しつこく?読んだ本は、ウラジーミル・ナボコフ著「ロリータ」である。ニンフェット(小妖精)に魅せられた中年男のハンバート・ハンバート博士の悲劇を、重層的に丹念に描き尽くし、グロテスクな欲望を芸術の次元にまで高めた「類い稀な」文学作品であると、私は信じて疑わない。
 私はしばしば「ロリータ」の文庫本を持ち歩き、電車の中で、歯医者の待合室で、他の様々な場所で、もうほとんど暗記してしまっている文章に読み耽り、ハンバートの心の「からみもつれた茨」に、その深遠なる魅惑の森に分け入って、絶望と歓喜を彼の傍らでつぶさに目撃するのだ。
 そんな折、たまたま近くに居合わせた友人などから、「またそんな怪しい本読んでる!」とからかわれることがよくある。おそらく、彼らは「ロリータ」というタイトルから、性倒錯のポルノ的ないかがわしい小説をイメージしているのだろう。もしも彼らがこの本を読むことがあれば(多分ないだろうが)、そこに彼らが想像したような(あるいは期待するような)、淫らなセックスシーンの描写が、ただの一行もないことに驚くにちがいない。

 ロリータコンプレックスという言葉があるように、「ロリータ」は、思春期の少女に激しい欲望を抱く年配男の悲劇的な性質の解剖を試みる作品とも言えるだろう。
 ハンバートは魅惑の少女たちを「ニンフェット」と呼び、他の少女たちとは区別する。作品のはじめのほうにその定義が漠然と記されているのだが、それらを要約すると、年齢でいえば9歳から14歳の間の境界線に、ニンフェットたちは出現するそうだ。無論その年齢の少女がすべてニンフェットでは有り得ず、さらにニンフェットの基準は一般的にいう美貌などにはまるで関係なく、品位に左右されるものでもなく、「この世ならぬ優美さや、とらえどころなく不実で、心を千々に乱れさせる陰険な魅力といった特性」こそ、同世代の少女たちの中でニンフェットを区別する相違点なのらしい。
 私は女性で、しかもそのような性癖がないため、ハンバートの示す定義はわかりづらいが、この後に続く文章、すなわち、彼のいうニンフェットとは、普通の感覚の男にはなかなか見分けがつくものではなく、いくつかの徴候(しるし)によってニンフェットたちを即座に見分けるには、「芸術家で、狂人で、無限の憂鬱にとりつかれ、下腹部に熱い毒薬が煮えたぎり、鋭敏な背骨に激しい官能の炎が絶え間なく燃えさかるような人間でなければならない」というくだりが気に入った。
 いうなれば、美を見分ける直感についてハンバートは述べているわけだが、ジャンルこそちがえど、彼と同様にある種の美を即座に識別する感受性を自負する私には、この上なく自己満足的で爽快な文章だった。

 こうして冒頭から「ロリータ」に魅せられて、読み進むうちに、私はハンバートが自分の分身ではないかと思えるほど、彼が私に似ている(私が彼に似ている)ことに気付いた。
 私はこれまでの生活で自分と同質の感受性を持つ人物にお目にかかったことがなく、そしておそらくこれからもないだろうが、少なくとも書物の中で、親友に出会えたような気分になったのだ。
 「ロリータ」について語りたいことは尽きないが、今日はその中の印象的な、かつ私の大好きなひとつの場面を紹介したい。

 ニンフェットであるドロレス・ヘイズ(ロリータ)は、ハンバート博士が下宿する家の娘で、彼(ハンバート)は、絶えず少女の姿を、あるいはその残り香を探し求めて家の中を徘徊し、ニンフェットに魅せられた疼く心を変な日記に綴り続ける。その日記のおもしろさときたら!そこにはただ、様々な彼のたくらみが一向に進展しないことが、几帳面に、仔細に記されているのだ。
 この風変わりな日記の中で、とくに私が好んで思い出す場面がある。それは、ハンバートが彼女の通う学校のクラス名簿を見つけた日の記録だ。その名簿の一部を記すと、

      エンジェル・グレイス
      オースティン・フロイド
      ビール・ジャック
      ビール・メアリ
      バック・ダニエル
      バイロン・マーガリート
           ・
           ・(略)
           ・
      グッデイル・ドナルド
      グリーン・ルシンダ
      ハミルトン・メアリローズ
      ヘイズ・ドロレス(これが、ロリータだ)
      ホネック・ロザリン
      ナイト・ケネス
      マクー・ヴァージニア
           ・
           ・
           ・
      (以下、多数の名前が続く) 

 この長ったらしい名簿が、物語には何の関係もない名前が、延々と綴られていることに不思議な感じがしたが、続く記述により、私は目が覚めるような感覚に陥った。この種の愛情表現は、私のユーモアのセンスに強く訴えかけるのだ。
 
 『詩だ。たしかに詩だ!「ヘイズ・ドロレス」この名前の宝石のなかに、前後にローズ(ばら)の護衛をしたがえた彼女の名を発見したときの、あやしく甘い驚き。二人の女官にかしずかれた妖精の王女だ。私は、これらの名前のなかに、彼女の名を見るときの、しびれるようなよろこびを分析してみたい。感涙にむせぶほど私を興奮させるのものは、何だろう?』と、ここからはその精密な分析が始まるのである。
 薔薇の護衛を従えた王女というのは、上の名簿のドロレス・ヘイズ(ロリータ)の名の前後に、ハミルトン・メアリローズ、ホネック・ロザリンという名前があるからだ。
 この名簿では、彼にとってはロリータである少女が、ドロレスという本名のよそ行きな儀式ばったヴェールを被ったように感じられ、さらに、ファーストネームとサーネームが逆に書かれていることにより、それがひどく神秘的なものに思われるのだった。

 このような描写を綴った小説を私は他に見たことがない。クラス名簿を手にして、感涙にむせぶハンバート氏を想像し、こみあげてくる笑いと共感に、私はたちまちにしてこの書物に心を開いたのだった。
 確かに「ロリータ」は、中年男が少女と交接するといういかがわしくグロテスクな事実を軸にした物語ではあるが、このいまわしい性倒錯に向き合い、とことんその歓喜と絶望を探り尽くしたこの書は、間違いなく一級の文学作品であり、誰もが、どんな意味であれ、そこにある種の感嘆を覚えずにはいられないだろう。
 「ロリータ」は、ひとりの男が宿命的に引き受けなければならなかった、空漠とした悲しみと、愛の記録である。

 なお、この記事中での引用は、大久保康雄氏の訳によるものだ。最近別の訳者による、いわば新訳の本が出版され、旧訳と新訳についての議論があれこれと交わされているようだが、なぜか私はそんなことには一向に関心がない。それでもあえて言うなら、原文への忠実さがどうであれ、私は大久保康雄氏の訳文のほうを支持したい。

 

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コメント

今朝コメント投稿したんだけど、なぜなのかうまくいかなかったようです。
鬱病期間に充電したというだけあって
Pepiteらしい記事だね。
悲劇のコレクションは当分休みになると思ってたから、こんなに早い再開でうれしいです。
ロリータは読んでないんで、なんともいえません。
今度読んでみるけど、平凡な小生にはペピちゃんのように感じとれるかどうか・・
それはそうと写真の美少女はだれですか?
すごくかわいいんですけど!!!
安田記念の予想も早く教えて下さい。

投稿: ミスターX | 2006/06/04 11:47

ロリータは本では読んだことが無いですが、映画化された作品を昔観ました。
確か60年代にスタンリーキューブリック監督が、そして91年にイギリスの名優ジェレミー・アイアンズ主演で映画化されてますね。

映画の中の少女は、どこか艶かしく、熟していな禁断の果実と言ったところで、モラルを越えて愛してしまうのも理解できるように思えました。
だいたい日本人と西洋人では発育が違いますから、向こうでは12歳くらいでも、も立派な女を感じさせますからね。
ですから、ロリータ趣味と言ってもなんか理解できてしまいます。

先日フランス映画の「白い婚礼」と言う昔の作品を観ました。生徒と愛し合い、破滅していく中年教師の物語でしたが、スキッ歯のバネッサ・パラディが妙に色っぽく、可愛く、彼女の場合、日本の同じ年頃の少女よりも幼く、頼りなげで、ロリータと言う言葉がとても似合っていたように思えます。

投稿: Diane | 2006/06/04 12:46

>ミスターX

人のもの勝手に使うな!
そんなことはどうでもいいけど、ダンスはあれじゃ前がつかえて出れるわけない(怒)!
どっちにしてもデンエンはノーマークだから仕方ない。
せめて今日まで欝が続いてたら当たったはずなのに。
しかし気持ちを切り替えて、巻き返しましょう。
写真の美少女、かわいいでしょ。
私が見つけた妖精です。
特別にお願いして、写真を掲載させていただきました。


>Diane様

さすがThe Gothic!
映画のことはやっぱりThe Gothicですね。
昔の「ロリータ」は観ましたが、その後に作られていたのはまったく知りませんでした。
これはなんとも嬉しい情報です。
ありがとうございます♪♪
先日落ち込んでいたとき、実はThe Gothicのヨーロッパの退廃と幻想をテーマにした映像を眺めて、かなり癒されたんです。
私はDiane様が生み出す色彩の世界が本当に好きです。
そのセンスの良さに脱帽です。
何度見ても、どんなに眺めても飽きることがありません。
「春の雪」のレビュー、楽しみにしています。
リクエストに応えてくださってありがとう。


投稿: Pepite | 2006/06/04 21:53

Pepiteさん おはよございます(o^∀^o)ノ

すっかりお元気になられたみたいで良かったです♪
私も「ロリーター」って言う名がついてる本を見たらいかがわしく変体っぽい小説をイメージしてしまってたと思いますが意外とそうでもないんですね!
所でもしこの恋が中年女性と少年だった場合はなんて言うんでしょう?
やっぱりロリーター?

投稿: ファズ | 2006/06/05 09:20

>ファズさん

こんにちは!おかげさまで元気になりました。
この本をどう感じるかは、人によって様々かと思いますが、
私は「悲劇が内包する美」というテーマにふさわしいと考えて、稚拙な記事を書きました。
中年女性と少年だったら?う~ん、やっぱりその少年の名前、あるいは愛称が、そうした状況をたとえる言葉になるのかな。
例えば、自己愛者がナルシストとよばれるように。
ともあれ、私は女版ハンバートにならないように気をつけます。
美少年好きですからね(笑)

投稿: Pepite | 2006/06/05 12:16

随分前に「ロリータ」を読んだ事がありますが、pepiteさんの記事をみて、なるほどそんなに深い作品だったのか・・・と今、気づきました^^;
確かにいかがわしい感じは全然なくて、悩める中年男性の悲しさだけがヒシヒシと伝わる作品でしたが、あまりにも「ロリータ」に夢中なので、読んでいる私は、悲しいというよりおもしろく思えたような気がします。 もう一度、ちゃんと読んでみますね・・・。  
 

投稿: sala | 2006/06/07 04:03

>salaさん

そうでしょ、なんといってもおもしろいんですよ!
ユーモアのセンス抜群だと思いませんか?
私のような素直な読者は、作家の狙い通り、すぐにハンバートが好きになりました。
salaさんの言うように、この本では物悲しい場面ですら笑いたくなりますね。
そういう描き方が私の趣味に合うし、テーマも構成も全部好き。
でも私の女友達で、この本を最後まで読んだという人はあまりいないんです。
なぜか、あんまりおもしろくないといって途中で投げ出してしまうようです。
まあ、わからないでもないけどね。
それにしてもsalaさんとは、「春琴抄」といい「ロリータ」といい、気が合いますね。

投稿: Pepite | 2006/06/07 11:37

Pepiteさんの文章に誘われて
「ロリータ」読みたくなってしまいましてよ!
そうそう 調べたらamazonの書評も五つ星ばかり
でもその書評より、Pepiteさんのこのブログの
表現の方が素晴らしいですわ うふふ

投稿: dekako | 2006/06/07 22:27

>dekako様

dekakoさん、あなたはいつも私を言葉巧みに喜ばせてくれますね。
たとえ一瞬でも、dekakoさんが「ロリータ」を読んでみたいと思ってくれたなら、
この記事を書いた甲斐があったというものです。
とても嬉しく思います。
お体の具合はいかかでしょうか?
どうか無理をなさらずに・・・。

投稿: Pepite | 2006/06/08 21:30

>メールを下さった方々へ

稚拙な記事に反応していただき、
感謝しております。
もっか多忙のため、返信が遅れていますが、
もうしばらくお待ちください。
ごめんなさいね。

            Pepite

投稿: Pepite | 2006/06/16 20:41

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