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2006/06/14

Pepiteの美的な日々:野村先生

 子供の頃、学校嫌いだった私でも、心に残る先生がいる。
 小学校5年の時の担任だった野村先生。フレームの厚い、やぼったい眼鏡をかけて、花柄のブラウスに地味なスカートという、いかにも田舎の女教師といった風貌の、とても厳しい先生だった。彼女のクラスだった一年間、いたずら好きで騒がしい私はよく怒られた。大声で怒鳴られ、廊下に立たされることもあった。先生は私を毛嫌いしてるんじゃないかと、悩むこともあった。

 そんな小学校5年生のある日、私は家出をした。つまらないことで母と言い争いをして、家を飛び出した。
 木枯らしの吹く寒い冬の日で、生意気は言っても子供の私は行く当てもなく、家の裏の空地で、当時の愛犬と身を寄せ合って、寒さをしのいでいた。
 だんだん日が暮れておなかが空いてくると、家の中のぬくもりと、漂ってくる夕飯の匂いで、私はくじけそうになった。でも「こんな家、出て行ってやる!」と威勢良く飛び出しただけに、自分から戻るのは負けのような気がして、ためらわれた。
 そこで、子供の私は、台所の窓のそばで(母がキッチンにいたのは、物音でわかった)、壁に小石を投げつけて音を立てたり、犬とかけっこをしたりして、窓の外の私の存在を母に知らせて、「はやくおうちに入りなさい」と言わせようとした。だが母は、私がそこにいたことを知っていたのだろうが、私のそんな作戦を無視し続けた。
 テーブルに皿を並べる音がした。夕飯ができあがったのだ。母が家族を呼ぶ声が聞こえる。私の名前はなかった。犬は遊び疲れて小屋に帰りたがっていた。私はひとりぼっちになった気がして、さみしくなって、泣けてきた。
 台所から庭に通じる木戸をコツコツと叩いた。それはほんのかすかな、小さな音だったけれど、母はすぐに扉を開けた。
 「ごめんなさい」 私は素直に言った。戸口で母は私を抱きしめた。

 私はこの出来事を、たまたま宿題に出されていた作文の題材にした。幼い頃から私はよく本を読んだが、作文は大の苦手だった。何も書けずに、ついに提出できなかったことも幾度かあったほどに。
 なのにこの時は、信じられないほどすらすらと書けた。家出をして、寒さと空腹から帰りたくても、意地があって帰れない、最後には母に抱きしめられるまでの、行きつ戻りつの心理の移行を、実に子供らしく素直に表現できたのだ。
 だがもちろん、これを書いた当時、私はこの作文が良い出来なのか、悪い出来なのか、まったくわからなかった。たぶん、そんなことは考えもしなかったのだろう。

 鬼の野村(私は先生のことを心の中でそう呼んでいた)が教室に入って来た。国語の時間だった。野村先生は教壇にテキストをドンと置くと(それはいつも、厳しい授業の始まりの合図だった)、「今日は授業を始める前に、ひとりの生徒の作文を読んできかせます」と言って、数枚の作文用紙を手にとり、先生の朗読をしっかり聞きなさいとでも言うように、クラスの子供たちを威圧的に見渡した。

 「もうこんな家、出て行ってやる!」 というフレーズで、朗読がはじまった。
 私の作文だった。私は恥ずかしさで顔が真っ赤になって、うつむいていた。朗読が終わると、野村先生は言った。「私は何度も読み返しました。とてもすばらしい作文だったので、みんなに紹介したかったのです」。それからちらっと私のほうを見て、この作文を書いた生徒の名前を口にした。

 その後、授業はいつも通りに始まった。きびきびとした口調で、やたら質問し、子供たちを困惑させるいつもの授業。
 その時も、そしてそれ以後も、野村先生からこの作文について個人的に何かを言われたという記憶はない。やはり私のことを嫌いだったのだろう。だが、嫌いな子供でも、評価できるところは評価する、それが教師としてのとるべきフェアな態度だと、野村先生は思ったのだろうか。
 私はそれまで、自分がなんの取り柄もない愚図な子供だと感じていた。だからこそなのかもしれないが、自分を嫌う大人が、それでも自分を評価してくれたことに、言葉では言い表せない喜びを感じたのだ。

 私が大人になり、機関紙に記事を載せたり、まわりくどいだけの厭味な原稿を書くようになってから、時々こんな質問をされることがあった。
「あなたは、これまでどんな作家に影響されました?」
 私はもっともらしい、かっこいい作家の名前を並べて答える。「モーリヤック、ロレンス・ダレル、倉橋由美子、ヘッセ、三島由紀夫、ジョルジュ・バタイユ、ナボコフ、谷崎潤一郎、ガルシア・マルケス、川端康成、クロソウスキー、ユルスナール・・・・」と。
 そんな気取った私の心の片隅に、背筋をピンと伸ばした、無名の田舎教師の存在があることは、無論、誰にも知りようがなかっただろう。 
 

 

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2006/06/04

ロリータ(ウラジーミル・ナボコフ著)

 お気に入りの本は何度も読み返す私が、これまで一番しつこく?読んだ本は、ウラジーミル・ナボコフ著「ロリータ」である。ニンフェット(小妖精)に魅せられた中年男のハンバート・ハンバート博士の悲劇を、重層的に丹念に描き尽くし、グロテスクな欲望を芸術の次元にまで高めた「類い稀な」文学作品であると、私は信じて疑わない。
 私はしばしば「ロリータ」の文庫本を持ち歩き、電車の中で、歯医者の待合室で、他の様々な場所で、もうほとんど暗記してしまっている文章に読み耽り、ハンバートの心の「からみもつれた茨」に、その深遠なる魅惑の森に分け入って、絶望と歓喜を彼の傍らでつぶさに目撃するのだ。
 そんな折、たまたま近くに居合わせた友人などから、「またそんな怪しい本読んでる!」とからかわれることがよくある。おそらく、彼らは「ロリータ」というタイトルから、性倒錯のポルノ的ないかがわしい小説をイメージしているのだろう。もしも彼らがこの本を読むことがあれば(多分ないだろうが)、そこに彼らが想像したような(あるいは期待するような)、淫らなセックスシーンの描写が、ただの一行もないことに驚くにちがいない。

 ロリータコンプレックスという言葉があるように、「ロリータ」は、思春期の少女に激しい欲望を抱く年配男の悲劇的な性質の解剖を試みる作品とも言えるだろう。
 ハンバートは魅惑の少女たちを「ニンフェット」と呼び、他の少女たちとは区別する。作品のはじめのほうにその定義が漠然と記されているのだが、それらを要約すると、年齢でいえば9歳から14歳の間の境界線に、ニンフェットたちは出現するそうだ。無論その年齢の少女がすべてニンフェットでは有り得ず、さらにニンフェットの基準は一般的にいう美貌などにはまるで関係なく、品位に左右されるものでもなく、「この世ならぬ優美さや、とらえどころなく不実で、心を千々に乱れさせる陰険な魅力といった特性」こそ、同世代の少女たちの中でニンフェットを区別する相違点なのらしい。
 私は女性で、しかもそのような性癖がないため、ハンバートの示す定義はわかりづらいが、この後に続く文章、すなわち、彼のいうニンフェットとは、普通の感覚の男にはなかなか見分けがつくものではなく、いくつかの徴候(しるし)によってニンフェットたちを即座に見分けるには、「芸術家で、狂人で、無限の憂鬱にとりつかれ、下腹部に熱い毒薬が煮えたぎり、鋭敏な背骨に激しい官能の炎が絶え間なく燃えさかるような人間でなければならない」というくだりが気に入った。
 いうなれば、美を見分ける直感についてハンバートは述べているわけだが、ジャンルこそちがえど、彼と同様にある種の美を即座に識別する感受性を自負する私には、この上なく自己満足的で爽快な文章だった。

 こうして冒頭から「ロリータ」に魅せられて、読み進むうちに、私はハンバートが自分の分身ではないかと思えるほど、彼が私に似ている(私が彼に似ている)ことに気付いた。
 私はこれまでの生活で自分と同質の感受性を持つ人物にお目にかかったことがなく、そしておそらくこれからもないだろうが、少なくとも書物の中で、親友に出会えたような気分になったのだ。
 「ロリータ」について語りたいことは尽きないが、今日はその中の印象的な、かつ私の大好きなひとつの場面を紹介したい。

 ニンフェットであるドロレス・ヘイズ(ロリータ)は、ハンバート博士が下宿する家の娘で、彼(ハンバート)は、絶えず少女の姿を、あるいはその残り香を探し求めて家の中を徘徊し、ニンフェットに魅せられた疼く心を変な日記に綴り続ける。その日記のおもしろさときたら!そこにはただ、様々な彼のたくらみが一向に進展しないことが、几帳面に、仔細に記されているのだ。
 この風変わりな日記の中で、とくに私が好んで思い出す場面がある。それは、ハンバートが彼女の通う学校のクラス名簿を見つけた日の記録だ。その名簿の一部を記すと、

      エンジェル・グレイス
      オースティン・フロイド
      ビール・ジャック
      ビール・メアリ
      バック・ダニエル
      バイロン・マーガリート
           ・
           ・(略)
           ・
      グッデイル・ドナルド
      グリーン・ルシンダ
      ハミルトン・メアリローズ
      ヘイズ・ドロレス(これが、ロリータだ)
      ホネック・ロザリン
      ナイト・ケネス
      マクー・ヴァージニア
           ・
           ・
           ・
      (以下、多数の名前が続く) 

 この長ったらしい名簿が、物語には何の関係もない名前が、延々と綴られていることに不思議な感じがしたが、続く記述により、私は目が覚めるような感覚に陥った。この種の愛情表現は、私のユーモアのセンスに強く訴えかけるのだ。
 
 『詩だ。たしかに詩だ!「ヘイズ・ドロレス」この名前の宝石のなかに、前後にローズ(ばら)の護衛をしたがえた彼女の名を発見したときの、あやしく甘い驚き。二人の女官にかしずかれた妖精の王女だ。私は、これらの名前のなかに、彼女の名を見るときの、しびれるようなよろこびを分析してみたい。感涙にむせぶほど私を興奮させるのものは、何だろう?』と、ここからはその精密な分析が始まるのである。
 薔薇の護衛を従えた王女というのは、上の名簿のドロレス・ヘイズ(ロリータ)の名の前後に、ハミルトン・メアリローズ、ホネック・ロザリンという名前があるからだ。
 この名簿では、彼にとってはロリータである少女が、ドロレスという本名のよそ行きな儀式ばったヴェールを被ったように感じられ、さらに、ファーストネームとサーネームが逆に書かれていることにより、それがひどく神秘的なものに思われるのだった。

 このような描写を綴った小説を私は他に見たことがない。クラス名簿を手にして、感涙にむせぶハンバート氏を想像し、こみあげてくる笑いと共感に、私はたちまちにしてこの書物に心を開いたのだった。
 確かに「ロリータ」は、中年男が少女と交接するといういかがわしくグロテスクな事実を軸にした物語ではあるが、このいまわしい性倒錯に向き合い、とことんその歓喜と絶望を探り尽くしたこの書は、間違いなく一級の文学作品であり、誰もが、どんな意味であれ、そこにある種の感嘆を覚えずにはいられないだろう。
 「ロリータ」は、ひとりの男が宿命的に引き受けなければならなかった、空漠とした悲しみと、愛の記録である。

 なお、この記事中での引用は、大久保康雄氏の訳によるものだ。最近別の訳者による、いわば新訳の本が出版され、旧訳と新訳についての議論があれこれと交わされているようだが、なぜか私はそんなことには一向に関心がない。それでもあえて言うなら、原文への忠実さがどうであれ、私は大久保康雄氏の訳文のほうを支持したい。

 

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