« 花になった美少年たち・前編(ギリシャ神話) | トップページ | Pepiteの美的な日々:ブルーな気分 »

2006/03/16

花になった美少年たち・後編(ギリシャ神話)

「ヒアキュントスとアドニス」(後編) (前編)

アドニス(アネモネ)

 ヒアキュントスが男の神々に愛され、その獲得をめぐって争いが生じたことに似て、アドニスは、女神たちの心を虜にしてやまぬ美少年でした。
 ヒアキュントスの場合と同様、二人の女神がこの美少年を奪い合います。最初にアドニスに目をつけたのは、美と愛の女神アフロディテ。シリアの王様の子として生まれたアドニスの美しさにすっかり魅せられた女神アフロディテは、この美少年をこっそりと連れ去り、地下に住む女神のペルセフォネに預け、育ててもらうことにしました。ペルセフォネの地下の御殿で大切に育てられたアドニスは、さらに美しい若者として成長し、いつしかこの女神ペルセフォネの心をも虜にしてしまったのでした。
 そんなわけですから、美と愛の女神アフロディテが地下の国を訪ね、アドニスを引き取ろうとしても、ペルセフォネはこの美少年を手放そうとはしません。二人の女神は互いに憎しみ合うようになり、収拾のつかない事態となりました。
 ここで偉大な神、天の支配者であるゼウスが登場します。ゼウスはこの争いを鎮めるため、一年を二分し、アドニスが秋と冬の間を地下の世界で女神ペルセフォネと共に過ごし、春と夏を女神アフロディテと暮らすという提案を出します。互いにアドニスを手放したくない二人の女神ですが、この提案を受け入れる他はありませんでした。

 地上に戻ってきたアドニスを迎えた愛と美の女神アフロディテの喜びは、たとえようもないものでした。アフロディテは美少年アドニスにつきっきりで、彼を片時もそばから離しませんでした。狩を愛するアドニスが獲物をさがして野山に出掛けるときも、その姿を愛しげに眺めながら、アフロディテは敏捷な若者の後を追ったものでした。
 ところがある時、女神アフロディテがちょっと目を離したすきに、アドニスは仕留めようとした一頭の大きなイノシシの牙にかかってしまいます。急いで駆けつけたアフロディテでしたが、流血し、死にかけた美少年をどうすることもできませんでした。
「アドニス、あなたは死んでゆくのですね。あなたとともに私の美も消えてゆくでしょう。女神の私は死ぬことができないので、あなたについてゆくこともかないません。アドニス、どうか最後に、別れの口づけをしておくれ」
 女神アフロディテの呼びかけは、死にゆくアドニスにはもはや届きません。アドニスの血に染まった土の上には、春が来るたびに真紅の花が咲き乱れました。ギリシャの女たちはそれをアドニス(アネモネ)と呼び、草木が枯れる秋冬には美少年アドニスの死を思って嘆き、春が訪れてアドニス(アネモネ)が咲きはじめると、美少年が生き返ったといってお祝いをするのでした。

 
 ナルシス、ヒアキュントス、アドニスという、いずれも若くして命を失った美少年たちの悲劇には、その忘れ形見として、それぞれに美しい花々が残されました。やせた土地の多いギリシャでは、野の花々が愛され、こうしてしばしば神話の題材にもされたようです。
 これらの花々の好みは別として、私の心をとらえるのは、やはりナルシスです。ナルシス神話は、ヒアキュントスやアドニス神話とは完全に異なる性質の物語です。ヒアキュントスとアドニスが神々の寵愛を得て、短い生涯を幸福に暮らしたことに対して、ナルシスは冷たく言えば自業自得の孤独の中に生きなければなりませんでした。
 ヒアキュントスとアドニスの物語の悲劇は、もっぱら彼らを愛し、そして彼らを失った者たちの悲しみに重点を置きます。その逆照射として、彼らの美がさらに決定づけられるという仕組を持つものです。
 これに対してナルシス神話は、ナルシスそのものが悲劇的存在で、そこに映る彼の美は、先の二人の少年たちには無縁であった暗い影に彩られます。他者の賞賛を必要としない美など、私たちはこの先何十年生きようと、そう簡単にお目にかかれるものではないでしょう。
 私はここではっきりさせておきたいのですが、このナルシスは今の世でいうナルシストとは異なる悲劇の存在です。昨今のナルシスたちが、常に他者の賞賛を必要とし、それをよりどころにしてしか自らの愛を築けないのに比べ、神話の美少年ナルシスは、完全無欠の孤独を受け入れ、その不毛の愛に命を捧げたのですから。その評価がどうであれ、この徹底した悲劇の物語は、私の心に深い印象を刻みます。
 
 花に姿を変えた三人の、いずれ劣らぬ美少年たちの神話について述べましたが、悲劇愛好家の私が、この三人の中でより悲劇性の度合いが高いナルシスを支持するのは、当然のことでしょうね(笑)。
 けれども残念なことに、ナルシスの化身の水仙は、私の好みの花ではありません。三種の花の中で私が最も好きなのは、アドニス(アネモネ)です。そしてたぶん、実生活でも私が愛する男は、ナルシスではなく、むしろアドニスなのかもしれません。

|

« 花になった美少年たち・前編(ギリシャ神話) | トップページ | Pepiteの美的な日々:ブルーな気分 »

コメント

美しいものはやっぱり薄命で、醜い姿を晒してはいけませんね。w
伝説の美女や男性の多くは、短命もしくは、老いてからは、人前に出ることを避ける。
それ故美しさが人々の心に焼きつくんでしょうね。

ビヨルン・アンデルセンも今は面影がないほどくたびれた中年男ですよ。
残念ながら(?)彼は長生きしそうです。w

写真見たことありますか、現在の?
もし見たかったら今度お送りいたします。
でも夢を壊したくなかったら、やめたほうがいいです。w

投稿: Diane | 2006/03/16 17:59

Pepiteさんへ

はじめてカキコします。
前から大ファンです。
ナルシスの文が気に入って、それからちょくちょく寄らせてもらっています。
ナルシスをはっきりゲイとして説明してる文章に
はじめて出会いました。
ふつうは自己愛者といわれてれいますけれど
もう一歩踏み込んでナルシスをゲイと考えるのは
正しい指摘だと思います。
これからも美的な文を期待してます。

投稿: M.F | 2006/03/16 18:03

Pepiteさん こんにちわ(o^∀^o)ノ

女神と聞くと美女を想像してしまうのですが、アドニスは二人の女神に思われてどんな心境だったんでしょうね?
美少年がどんなふうに思ったのか気になります!
美人というと性格があまり良くないみたいなイメージがついてたりしますが美少年はどうなんでしょうね?

現代にナルシス・ヒアキュントス・アドニスみたいな美少年がいたら一度でいいからお目にかかってみたいです♪
目の保養になりそう!

投稿: ファズ | 2006/03/17 11:19

>Diane様

美的なものは、あくまで美的なままで終わってほしいと、望みたくなりますね。
ビョルン君のおやじ姿、想像しただけでもショック!
あんなに美しかった少年が、くたびれた姿になるなんて・・・。
これが数年前なら、私は頑なにそのような映像を目にすることを拒絶したかもしれません。
でも今では少しばかり大人になり(精神年齢低いんですよ)、美の悲しい推移をなんとか受け入れることができるくらいに、成長したつもりです。
是非、その映像を送ってください(涙)。
現実と向き合う、良い訓練になりそうですから。


>M.Fさん

はじめまして。
ご愛読、ありがとうございます。
ナルシスを「それとなく」ゲイとして説明したわけですが、
「はっきりと」という風に捉えられたようで、我が意を得た評価に、喜びを感じます。
また、大変興味深いメールもいただき、
今後の研究に役立てようと考えております。
もっか多忙のため、少し遅れますが、いただいたメールには必ず返信いたしますので、
もうしばらくお待ち下さい。


>ファズさん

もちろん、多くの女神は美女ですよ。
女神に愛されたアドニスは幸せものですね。
美人が性格が悪いという印象は、明治時代にほどこされた、
修身教育(道徳教育)のなごりです。
現実は必ずしもそうではないと、私は思っています。
そのへんのところは、このブログでいずれ詳しく取り上げることになると思うので、
ファズさんはともかく、私の忠実な読者でいてくださいね。
そうすれば、美的なものの謎がいくらか解き明かされるかもよ!
さて、4月1日はお会いできることをとても楽しみにしています。
私の仲良しの鈴やんも、喜んでご一緒しましょう!ということですから、なんら心配はいりません。
その他にも何人か参加するけれど、いずれも私の子分なので、まったく大丈夫です。
前もって言っておきますが、私はとてもハンサムなので、ファズさん、惚れないようにね(笑)。

投稿: Pepite | 2006/03/17 22:20

こんばんは(o^∀^o)ノ

『美人=性格が悪い』は明治時代からのなごりだったんですねー!
私は悪女=美人なイメージもあるんですよ。
私は美人な人もぶりっこと言われる人の観察めいたことをするのがすきなのですが特にぶりっこと言われる人はあまりにも自分と違いすぎて異星人を見ているようで面白いです(笑)
美少年は今まで回りにいなかったので私にとってはかなり謎です・・・
美的な物の謎は気になるので忠実な読者でいます!!

4/1楽しみですね♪
もし私がPepiteさんに惚れてしまったら連れ子のりょうくんとファッちゃんを連れてPepiteさんのお家に転がりこむことにします!(笑)

投稿: ファズ | 2006/03/18 19:29

>ファズさん

なるほど、悪女=美人ですか。
悪女というのが、男を惑わせ、たぶらかす存在なら、
やはり美貌に恵まれている確率は高いでしょうね。
言い換えれば、美人でなけりゃ、悪女になれない?
そのためか、私は非常に善良な女性です。
それから、「もしも」の際に、私が喜んで引き受けるのは、
かわいいりょうくんとファッちゃんだけですよ。
ファズさんはさようなら~(笑)!!

投稿: Pepite | 2006/03/18 22:31

Pepiteさま
またワタクシの素朴な疑問をお許し下さい。

男の神々、女の神々をもってしても
人間の命をコントロールできない ということでしょうか?
あああ ワタクシ気になって気になって
夜も眠れませんことよ!

投稿: dekako | 2006/03/22 15:35

>dekako様

一般に、神の力をもってしても、
人間の生死をコントロールすることはかなわないようです。
ただ例外もあり、有名なものでは「オルフェウスの竪琴」を思い出します。
偉大な神ゼウスの兄である冥府の王ハデスは、
オルフェウスの奏でる美しい竪琴の音に感嘆し、
オルフェウスの亡き妻ユウリデケを、
彼の願いを聞き入れて生き返らせようとしました。
しかしそれも条件つきという、いうなれば完全なものではなく、その条件を満たすことができなかったオルフェウスは、
結局妻を取り戻すことはできませんでした。
これを「でかい系ライフ。」的に言いますと、

結論:ギリシャの神々は、時に人間の生死を意のままにあやつることができるが、
その多くは条件つきである。

ということでしょうか(笑)。
そんなわけで、どうかぐっすり眠ってください。
明日もお美しいdekakoさんでいてほしいので!


投稿: Pepite | 2006/03/22 22:19

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/151358/9018371

この記事へのトラックバック一覧です: 花になった美少年たち・後編(ギリシャ神話):

« 花になった美少年たち・前編(ギリシャ神話) | トップページ | Pepiteの美的な日々:ブルーな気分 »