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2006/03/01

美人論(井上章一著)

 「衛生美人と翼賛美人」

 私の座右の書は、井上章一氏(国際日本文化研究センター助教授)の『美人論』。美人をめぐる社会学といった感じの内容だが、江戸時代から今日までの美人のあり方、社会における美人の位置づけなどが詳細に研究されていて、美人好きの私には大変興味深い。しかもこの本、社会学などという難しいお題を考えずに読んでも、かなりおもしろいのだ。
 これまであまり語られることのなかった美人たちの歴史を、厖大な資料を手がかりに検証し、時代とともに変貌する「美人論」の形とその流れを浮き上がらせた著者のお手並みは見事というほかない。是非皆さんにもこの本を読んでいただきたい。
 今日はこの『美人論』に登場するディープインパクトな美人たちを紹介しよう。

 
 明治10年代の日本。この頃コレラが流行し、この恐ろしい伝染病に、様々な機関が総力をあげて対策を打ち出した。そのひとつが「衛生美人」という新たな構想だった。
 「衛生美人」という美人観を提唱したのは、大日本私立衛生会という団体。私立といっても、国家の衛生行政につながる大組織だったそうである。
 この大日本私立衛生会が打ち出した衛生美人構想とは「旧来の美人は細い体系を理想にしすぎている。あれではダメだ。不健康になりやすい。だから世間の美人観を変える必要がある。顔はどうでもいい。身体ががっしりして健康的なものを美人と呼ぶことにしよう」という、おそるべきものだった。そしてさらに、大日本私立衛生会の会員が率先して衛生美人と結婚すれば、世間の美人観もやがて変わってゆくだろうという、ものすごい提案も出されたようだ。(著者の井上章一氏は、はたして会員たちのどれくらいがこの提案を真に受けて「衛生美人」と結婚したのだろうかと心配している)。
 それにしても、当時私のような皮肉な人間がいたら、ただちにこの「衛生美人」を不美人の代名詞にしてしまったはずである。実際、「衛生美人」という呼び名は、私が感じたような意味で流通してゆくことになる。大日本私立衛生会の努力にもかかわらず、「衛生美人」という観念は普及しなかったのである。

 昭和15年にも、衛生美人と似たような新たな美の提唱がなされた。昭和12年にはじまった中国との戦争が泥沼化し、昭和15年に近江文麿内閣が成立するのだが、近衛内閣は戦争泥沼化という難局を乗り切るために、様々な政策を打ち出す。そのひとつとして、大政翼賛会が結成された。そしてこの大政翼賛会の国民生活指導部長であった喜多壮一郎は、人々の美人観を戦時向きに改めようとして、美人観の刷新を訴えたのだ。
 翌年1月20日には「新女性美制定第一回研究会」が開かれている。その会合に招かれたのは、厚生省、文部省の技師、産科医、画家、体育関係者、舞踏家など。そして翌日の新聞には、この会で決められた翼賛(よくさん)美人の「十則」が発表される。

  一.顔と姿の美しさ、それは飾らぬ自然から
  二.清く、明るく、朗らかに、心の動きはいきいきと
  三.言葉はやさしく、美しく
  四.食べよ、たっぷり、肥えれよ、伸びよ
  五.顔色つやつや日焼けを自慢
  六.身体はがっちり、豊かな胸元
  七.身体の重みを支えてうける大きな腰骨たのもしい
  八.働け、いそいそ疲れを知らず
  九.眠れぐっすり、夢見ずに
  十.姿勢正しく、さっさと歩け 

 驚くべき定義である。こんな美人は、私なら見たくない。しかしさらに「翼賛美人」の提唱はさかんになり、一週間後の新聞には次のような記事が載る。

 指導部では各方面の意見を参考に、翼賛型美人をマネキンに作り、大いに一般大衆を啓蒙することになった。(大阪毎日新聞1941年1月31日付)

 このマネキン、一体どんな姿をしていたのか是非とも見てみたいのだが、『美人論』によると、「記録がない」ということである。そしてもうひとつ、3月11日付の朝日新聞は次のようなニュースを伝える。

 群馬県では翼賛美人を求めて、県下の女性検査を行う。各市町村で18歳から20歳迄の女性のうち、体格、素行のいいものを選び、理想的な美人型を選定し、県衛生課が等位を判定する。

 つまり、翼賛美人のコンテストである。はたして、どんな美人が選ばれたのだろうか。優勝した美人は、自分の勝利に酔いしれることができたのだろうかと、著者は疑問を投げかける。
 その後、内閣の改組により大政翼賛会の機構は矮小化され、翼賛美人のキャンペーンも消滅する。「美人新体制運動は一応の役割を果たしたものとして、改組と同時に消滅」と当時の記録にあるそうだ。

 「衛生美人」も「翼賛美人」も、こうして社会に定着することはなかった。ありがたいことに!
 ここでは『美人論』のほんの一部を紹介したが、他にも興味深い事象や著者の考察が盛りだくさんである。今日の美の民主主義化に至った流れを解明する数少ない(たぶん他にはない)貴重な書物として、重ねて皆さんにおすすめしたい一冊である。
(なお、この記事はとくに「衛生美人」と「翼賛美人」にスポットを当てたものとして、「悲劇のコレクション」に収めることにした)。 

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コメント

Pepiteさん こんにちは(*^▽^*)ノ
今日はお休みかな?

Pepiteさんのブログを読んでるといろんな本があるんやなぁ!といつも思います(*^^*)
ただ単に私が読書家じゃないことが本を知らない理由ですが・・・
解りやすく書いてあるのでいつも楽しみです♪

「衛生美人」って初めて知りました。
美人観を変えるってちょっと無理がありそうですよね(^^;)
もし、衛生美人を美人と呼ぶのが定着して現在で言う美人をブス(言葉が悪いですが)と言う事になってたらブスが美人で美人がブスで・・・なんかややこしいですね(笑)
「翼賛美人」の「十則」にもし私がバッチリ当てはまってもコンテストには出たくないなぁ・・・
「十則」も全然当てはまってないから出れないけど・・・
特に八番目と六番目の豊かな○○の所が( ̄- ̄;)

投稿: ファズ | 2006/03/01 16:32

>ファズさん

今回は風変わりな学術書なんですが、
ともかくおもしろいので、機会があれば読んでみてください。
それにしてもファズさん、「十則」が当てはまらなくてよかったですね!
どうみても美人とは関係ない項目ばっかり。
とくに8と9!
マネキンの記録がないのが残念でなりません(笑)

投稿: Pepite | 2006/03/02 10:00

「豊かな胸元」・・・
書類審査の段階で 落選決定!

たっぷり伸びて 大きな腰骨 だけは自信が
ございますけれどね うふふ

投稿: | 2006/03/02 13:29

ペピートちゃん、お久しぶりです。
日々美的なものの研究を続け(しかもびっくりするほど真剣に)、その道のエキスパートともいえるペピちゃんが、
なぜご自分は少しも美人になろうという努力をしないのか不思議です。
余計なことかもしれないけど、どういうことなんでしょうか?

それから、スピノザウルスについての小生の疑問におこたえしてくれて、ありがとうございます。
さすがに恐竜研究家ですね。詳細な解説に感心!

投稿: ミスターX | 2006/03/02 23:19

あらあら 名前を入力し忘れていたようですわ! 
胸だけミクロ系のdekakoでございました。

投稿: dekako | 2006/03/03 10:50

>dekako様

実はこの本、多くの女性を不愉快にさせるものとして、
嫌われている側面もありますが、
私はあまり気にならずに、楽しく読むことができました(不美人であるにもかかわらず)。
本当は明治期の美人罪悪論の部分を紹介したかったのですが(美人は性格が悪く、罪深いという評価)、わけあって、衛生・翼賛美人に変更したため、この本の魅力を伝えるどころか、逆に多くの衛生美人の皆さんから怒りのメールをいただくはめになりました(笑)。
でもまあ、この本、すごくユーモアに溢れてておもしろいので、
dekakoさんも機会があれば読んでみてください。
結局何が美人なのかわからなくなるんですが・・・


>ミスターX

元気にしてますか?
コメントありがとうございます。
美的なものを愛することと、自分が美的でないこととは、おそらく何らかの関係はあるのでしょうが、さしあたり興味はありません。
私はあまり自分に関心がないのかな。
というか、自分の外見の美などにはまったく興味がありません。なぜなら、美への理想が高いので、私が努力して得られるかもしれないケチ臭い美など、まったく問題ではないんです。
外見に関しては、私自身は私の好みではないので、好きでもないものに時間を割くのはめんどくさいのかも(笑)。

投稿: Pepite | 2006/03/04 00:37

衛生美人とはすごいですね!!

アフリカやタヒチでは太っているほど美人なんていう話はよく聞きますね。

世界にどこか、どんな人でも美人だといわれる国がかならずひとつは存在するって思うのですが、日本の美人の基準がこれだとなんか恐ろしいですね。

顔黒で、大根足で、巨体で、大口開けて、「ガハガハ」と笑う、すごい女性を想像しますね。
その美人像が現代まで受け継がれていたらと思うとぞっとしますね。

イギリスに留学中、日本の女の子で、自分の生きてきた歳と同じ、「彼氏いない暦22年」って子がいましたが、外人は口々に「なんてきれいなんだ!!あんな日本人がいたのか!!すばらしい!!」と口を揃えて、言ってて不思議に思ったことがあります。

どんな顔かって?ずばり浮世絵顔です・・。(-。-;)
まず日本の男性には受けないタイプですね。

悲しいことに彼女は日本の男性にしか興味がなく、同じ留学生の日本人の男の子を追いかけていましたが、相手されなくて、嘆いていました。

外人は絶対にいやだそうです・・。もったいない。w

美しさの基準って、国によっても違うし、日本でモテなきゃ海外に進出って言う手もありますね。w

投稿: Diane | 2006/03/04 01:44

美人の基準って、人それぞれでいいんじゃないか?と思うダリルさん。
現代の美人顔では、断然アウトです。

しかし、昭和の初め頃から巨乳ブームはあったのか…
今の巨乳と呼ばれるものとは比べ物にならないと思うけど。
小学生でFカップ・・・・そんな時代だものね。

投稿: ダリル | 2006/03/04 21:16

胸がでかい系の友人曰く
・走るとき揺れすぎるので手で押さえて走る
・重いので授業中は机の上にのせる
・胸の下にあせもができて大変かゆい
・将来垂れやすい
等々、いいことばかりではないそう。
他人が羨ましいことも、本人にはそうでないことが
あるということでございますわね うふふ

投稿: dekako | 2006/03/05 09:09

>Diane様

おもしろいコメント、ありがとうございます。
たしかに、ヨーロッパでは「まさか!」というような美貌の日本女性がモテますね。(浮世絵顔って・・・爆笑)
あの現象は一体何なのでしょうか!
世界のどこかでは自分も美人になれるとすれば、それがどこなのか、気になります。
いっそ海外進出を考えてみようかしら(笑)


>ダリルさん

あれからカピの具合が悪くなって、丸二日間、予定をすべてキャンセルして、つきっきりで看病してました。
ようやく今朝はエサもちゃんと食べるようになり、一安心。
無理矢理抗生物質などの薬を飲ませたため、私のこと嫌いになったみたいだけど・・・
さて、ダリルさん、Diane様の意見に従って、二人で海外進出しようか!


>dekako様

多くの読者が知らない「胸でかい系」の悩みを取材してくださって、ありがとうございます。
なるほど、人に羨まれる巨乳も、いいことばかりではないのですね。
私の審美眼では、豊かな胸ってのはあまり美的なものには映りません。(強がりじゃないのよ)
あまり好みではないんです。
巨乳であることが美しく見えるためには、かなりいろんな条件をクリアしなければならないように思います。
さて、カピも元気になったことだし、これより皆さんのHPやブログをお散歩してきます。
後ほど「でかい系ライフ。」でお会いしましょう。

投稿: Pepite | 2006/03/06 09:38

こんばんは。
美人の基準なんてあるようでないよね。
巨乳でも自慢する人もいればコンプレックスに
なってる人もいる。
最近では、タルドル(体系が樽のような感じ)が
中年のおじさんに人気なのかTVで見かけるようになったかなw
ここまでくるとある意味すごいね!!

追伸:カピちゃん元気になってよかった!!

投稿: nao | 2006/03/06 18:44

まあ、カピちゃま 具合がお悪かったのですね。
でもPepiteさまの献身的な看病でご快復されたとのこと
本当によろしゅうございました。
Pepiteさまもお疲れがでませんように。

投稿: dekako | 2006/03/06 21:57

>nao

タルドル?なんじゃそれ?樽型体型のアイドルってこと?
美の基準は人それぞれで一向にかまわないけど、
それはちょっと、いただけませんね。
一昔前には「顔黒」が流行したり、時折妙な流れになるわけですが、
そうしたことが、現代社会の経済の構造から説明されるとする「美人論」の考察は、
本当に説得力があり、改めてそのすばらしさを感じます。
この記事ではあまり「美人論」の魅力をあらわすことができませんでしたが、
とても奥が深い本なので、読んでみてください。
それから、カピへのお見舞いの言葉、ありがとう。
カピのこと気にかけてもらえて嬉しいです。やっと元気になって、ほっとしています。
愛鳥に会いに来て下さいね。


>dekako様

カピのことでわざわざ書込みしてくれるなんて、
感激です。本当にありがとうございます。
一時は最悪の事態を覚悟しましたが、なんとか持ち直してくれて、胸をなでおろしています。
今日は無理矢理薬を飲ませると、嫌がって、私の手に思い切り噛み付いたので、だいぶ元気が出てきたようです。
私はまた嫌われてしまいましたが、そんなことはもうどうでもよく、カピが元気になってくれさえしたら、というこれまでよりもさらに「でかい系」の心で、愛鳥を見守っております。
ありがとう、dekakoさん。


投稿: Pepite | 2006/03/06 22:37

カピちゃんの具合やっぱ悪かったのね。
あの時、pepiteちゃんが異変に気付いたのはさすがだと思ったわ。

飼い主の心もカピちゃんには届かなかったかぁ…
でも、元気になってなによりだわ。

海外進出!!いいね、それ・・・www

投稿: ダリル | 2006/03/11 00:57

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