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2006/02/22

Pepiteの美的な日々:とっさの判断

 仕事の用事で、都市のとあるオフィスを訪ねた私。いつもはヨレヨレのジーンズにスニーカーという格好の私も、こんな時には仕方なくふさわしいスタイルをとるわけだが、馴染みのない自分の姿が他者の目にも滑稽に映るのではないかと心配になり、そのオフィスビルの化粧室で、目当ての会社を訪れる前に、めったにしないことだが、鏡で自分を点検することにした(私は鏡を見るのが嫌いで、ちなみに写真を撮られるのも苦手。撮るのは好きだが)。
 その化粧室は洗面所と用を足す場所とが別々になっていて、鏡を見る目的の私は入ってすぐの洗面所のほうにいた。私が鏡の前に立ったその瞬間、奥の用足し場から出てきた人影に唖然とした。
 なんで男がここにいるの?・・・と。私は驚いて、睨むような目つきで男を見つめた。男のほうも同じく驚いた目で私を見据え、私たちの視線は火花を散らしたのである。
 ここは女の領域よ、と自信たっぷりな私は、少しもひるむことなく、男に非難の視線を浴びせかけた。
 ところがその直後、用足し場からゾロゾロ出てきた男たちに私の自信は崩れ去り、(もしかして、ここは男子トイレ?)、先ほどの男に浴びせた非難の視線もオロオロしたものになり、今度は反対に、男たちの厳しい視線にさらされて、私は行き場のない不安の中に閉じ込められた。

 この苦境をなんとか切り抜けるために、私が即座に選んだ手段は(私は瞬時の決断力に富んでいる)、おかまになりすますこと。普段とったこともないようなわざとらしい女性的な仕草で鏡を見つめ、「私はおかまよ、男子トイレに間違って入った女ではなく、私はここにいる資格が一応はあるおかまなのよ~!!」と、無言で訴えて、そそくさと男子トイレを出て行った。
 そこに居合わせた男性たちがどう思ったにしろ、少しも怖気づかなかった私を見て、いろんな男がいるもんだなぁ、と思ってくれたことを期待する。

 この出来事によって動揺した私は、直後の商談では不手際の連続。しかしそんなことよりも、私の心を占めていたのは、その時の自分が本当におかまらしく見えただろうかという不安であった。                                                                                   

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<イベントのお知らせ>

和太鼓交流発表会
バックナンバー(12月3日)、「Pepiteの美的な日々:和太鼓」参照

日時:2006年4月8日(土) 開演18時(開場17時30分) 終演20時
会場:アゼリア大正ホール・小ホール
    (大阪府大阪市大正区小林東3-3-25 tel:06-6552-9713)

入場無料です(座席指定なし)

私のチームの出演は18時45分頃を予定しています。       
教室の紹介と簡単な演目を披露します。
私たちの出演時間は短く、しかもヘタなので、
みどころはありませんが、
発表会の終盤には、講師の演奏がありますので、
和太鼓の魅力を十分楽しんでいただけると思います。
お時間のある方は是非、観にいらしてください。

っていうか、絶対来て!

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2006/02/15

Pepiteの美的な日々:論理美人たち

 先日、美人の友達が二人、我が家に遊びに来た。夜が深まるにつれ、お酒の勢いから、一方の美人が私にこんな質問を投げかけてきた。
 「今まで生きてきて、人から美人って言われたことある?」
 私は正直に「ない」と答えた。
 するとその美人は、もう片方の美人の肩を叩きながら、「ねえ、美人って言われたことのない人生なんて想像できる?」と笑い、それに応えてもう一人の美人が「まさか!」と笑い、二人はしばらくの間、笑い転げた。

 なるほど、そうかもしれない。不美人が「もしも私が美人だったら」と、勝手な空想に胸をふくらませ、その際に得るであろう幸福や優越感や利得などを、あれこれ思い描いてみたりするのは、決してめずらしいことではない。しかし逆の場合なら・・・・
 美人がわざわざ自分を不美人に置き換えて、その人生を想像してみたりするだろうか?もしすることがあったとしても、それは不美人が美人についてするよりも、ずっと不真面目で、長続きのしない、忘れやすい性質のものではないだろうか。

 それにしても、この二人の美人たち、私が愛する競走馬の勝利の時に味わおうと大事にとっておいた年代物のフランスワインを勝手に飲み干し、わが愛鳥カピをいじめ、さらに私が楽しみにしていたNHKの古典を紹介する番組を観ていると、「全然おもしろくない」と言って、騒がしいバラエティー番組にチャンネルをかえ、そのくせテレビなどろくに観もせずに、誰だか私の知らない友達の悪口で盛り上がる。NHKをあきらめて読書をしていた私だが、こううるさくてはたまらない。
 やむを得ず(もちろん、美的な存在をいじめるのは私の趣味ではないが)、彼女らを黙らせるために、おそらく彼女らが苦手なはずの論理のクイズを出題し、正解を言い当てるようにとうながした。
 美人とはいえ、まだまだ子供っぽい二人はすぐに「クイズ」にとびついてきた。しばらくの間、私の部屋は騒々しさから解放されることになる。

 ここで同じく美人(美男)の皆さんにも、彼女らを悩ませた問題を解いてもらうことにしよう。

<問・1>
 名刑事の私Pepiteが、5人の容疑者を捕まえたところ、彼らは互いに話し合って、次のような結論をそれぞれだした。

  A「この5人のうち1人がウソをついている」
  B「この5人のうち2人がウソをついている」
  C「この5人のうち3人がウソをついている」
  D「この5人のうち4人がウソをついている」
  E「5人全員がウソをついている」
 
 この中から、本当のことを言っている人間だけを釈放した。何人が釈放されたであろうか?

<問・2>
 ある競馬場で、そのコースをハイセイコーは1分間に2周、オグリキャップは3周、ディープインパクトは4周するという。スタートラインにこの三頭が並び、同方向にいっせいに走り出した。スタートラインで三頭がもう一度並ぶのは何分後か?

<問・3>
 私がバレンタインデーにダーリンにプレゼントするために作ったチョコレートがこっそり食べられてしまった。容疑者の4人は次のように発言した。

          A「Bが食べた」
          B「Dが食べた」
          C「私は食べてない」
          D「Bはウソを言っている」        

 犯人はこの中のひとりである。誰だろうか? なお、このうちひとりだけが本当のことを言っており、あとの3人はウソをついている。

 残念なことに、先ほどの二人の美人は、正しい答えに到達することはなかった。皆さんはどうか。見事正解し、論理美人の称号を勝ち取っていただきたい。

 (解答はコメントのコーナーに記しておきます)。                      
 

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2006/02/09

小鳥を愛する私の悲劇・2(Pepite)

「Capiに彼氏ができたようで・・・・」
capi

  悲劇を愛好するだけに、不幸に見舞われやすい私の人生。その悲しみは数え上げればきりがないのだけれど、ここにまた新たな私の悲劇を、皆さんに紹介することになりました。
 なんと愛鳥Capiに、恋の相手が出現!
といっても、お相手はずっと我が家で飼っているBruno(ブルーノー)君。私の秘蔵っ子で、これまで映像も出し惜しみして皆さんには紹介せずにきましたが、こうなってはBruno君を表舞台に引っ張り出すしかありません。(後ほど動画でその姿をご覧ください)。

 Brunoが我が家に来たのは今から約10ヶ月前。私がよく買い物に行く商店街のペットショップで、一羽ぽつんと売れ残っていた水色の小鳥。寂しそうだなと気になってはいたけれど、Capiのパートナーとして飼う小鳥は、手のりの子と決めていたので、手のりではないこの水色の小鳥は私の選択肢にはなかったのです。(小鳥は、ヒナの時期から人間が餌を与えて育てると、以後人間を怖がらずによくなつくようになります。これを「手のり」と言います)。
 けれどもいつもひとりぽつんと寂しそうにしているこの水色の小鳥の姿が、次第に私の心を揺り動かし、ある朝目覚めて、私はいそいで自転車を走らせ、この小鳥を引き取りに行ったのでした。

 我が家に来た水色の小鳥にはBrunoという名前を与えました。これはハンガリーの絵本に出てくるかわいいクマの名からもらったものです(ちなみにCapiは皆さんもご存知の有名なフランスの童話『家なき子』の名犬の名前です)。
 こうしてBrunoは家族の一員となり、私にはなつかないけれども、Capiとはつかず離れずといった具合の、浅い友だち関係になったようでした。
 そうです、Brunoの出現にもかかわらず、Capiのナンバーワンは依然私だったのです。私がその名を呼べば、Brunoなど無視して、すぐに飛んでくるかわいいCapi!

 なのに!ここ最近、急に二羽が仲睦まじくなり、私の入り込む隙は無し一体どういうことなのか!Brunoにほとんど興味を示さなかったCapiを見て安心していた私は、この急激な変化に戸惑うばかり・・・
 我が愛鳥Capiよ!お嫁に行くにはまだまだ早すぎる!世に言う「親離れ」なんて言葉は無視していいのよ~!いつまでも私の娘でいるほうが、わがまま放題で、ずっと幸せなはず!!!!

 しかしもはや、私の叫びはCapiには届きませんこのBruno君、人間で言えばジャニーズ系の美少年。ただ、オスなのに小柄なことで売れ残っていたのでしょうが(愛鳥家の多くは、小柄な小鳥を敬遠するのです)、どのみちおてんばで、容姿も性格も悪いCapiにはもったいないほどの美しい男の子。それはわかっているのですが、私は寂しさを拭いきれません。

 ラブラブのCapiとBrunoの動画を、涙ながらに編集しました。どうかこの仲睦まじい二羽の映像の向こうには、打ち捨てられた私の悲しみがあることを忘れずに、観ていただきたいと願います。
 
 「capi_et_bruno.wmv」をダウンロード (ああ、悲しい~!)

 どうです、皆さん!これで私の悲劇が手に取るようわかっていただけたのではないでしょうか?未来永劫に私の小鳥であったはずのCapiよ!私はこの悲劇にどうやって耐えてゆけばよいのか?!と言いながら、実はCapiの成長に、心の「片隅」で微笑む私。
 よければ、もうひとつ動画を観てください。これはCapiがまだ私のものだった頃の、輝かしい、そして本当にかわいい映像です(去年の夏、「私の保護のもとに」水浴びをする姿)。

 「capi_summer_2005_short.wmv」をダウンロード (娘よ~!)

関連記事:小鳥を愛する私の悲劇・1
       嫌われた贈り物

 

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2006/02/03

なんという愛!

         「ライオンとオリックス・掟を超えた親子」

lion1  2002年に新聞等で報道されたこの衝撃的なニュースを、ご記憶の方も多いのではないでしょうか。なぜ今頃?と思われそうですね。実は1月29日にアップした「アルルの女」の感想を書いていたとき、押入れにしまったはずの本を探していて、たまたまこの昔の新聞記事の切り抜きを見つけたのです。2002年3月4日の朝日新聞朝刊で、この信じ難い記事を読み、心を打たれた私は、この記事をハサミできれいに切り取って、日記に挟んで保存していたのでした。
 このニュースで受けた衝撃と感動が、私の胸にたちまち蘇り、鮮度の点では適当ではないにしろ、今一度、自分のブログで取り上げてみたくなりました。
 まずは新聞記事の内容を、かいつまんで紹介しましょう。

<弱肉強食超え、親子に>
 メスライオンとオリックス(ウシ科の草食動物)。食べる側と食べられる側という野生の掟を超えた「親子」がケニヤ中部で目撃された。
 寄り添い歩き、わきに寝る。ライオンは5~6歳のメスで、オリックスは生まれたばかりの子供。群れからはぐれ、ひとりぼっちでいたところを、このライオンに保護されたようだ。
 ライオンは「子」を連れ去ろうとした二頭のチーターを追い払った。だがある日、「親」が水を飲んでいた隙に、別のオスライオンが「子」をさらい、食べた。
 一緒にいた約10日の間、「母」はひたすら「子」を守り、何も口にしなかった。別れの後、数日は起き上がらず、悲しんでいるように見えたという。(2002年3月4日朝日新聞朝刊の記事を要約)

 当時、新聞を読んですぐにインターネットで検索し、調べたところ、このメスライオンは自分の子供を亡くしたばかりで、ひとりさまようオリックスに出会い、対象を失った母性をこの子に向けたのではないかと、専門家は推測しているようでした。
 幼いオリックスもライオンになつき、まるで本当の親子のように寄り添って歩き、眠るときも二頭はピッタリと身を寄せていたそうです。
 幼いオリックスにとって、これほど頼もしい保護者はいませんね。なにせ「母」は無敵のライオンなのですから。しかし皮肉にも、オリックスは別のライオンに食べられてしまい、自然の掟を超えた情愛に、幕切れが訪れました。
 遅かれ早かれこの二頭は別れる運命にあった、と専門家は言います。仮にこの時オリックスが別のライオンに捕らえられることがなかったとしても、メスライオンのほうは、オリックスが傍にいる以上狩ができず、飢え死にすることになっただろうと。
 
 群れからはぐれ、迷子になったオリックスの子供は、本当ならすぐに肉食動物の餌食になっていたでしょう。 けれどもライオンのお母さんに出会えたことで、わずか10日とはいえ、生き延びることができました。
 この10日間は長さではなく、運命に見放されたオリックスの子供が、やがて迎える死を前に、命をかけて自分を守ろうとする愛情に包まれた、尊い時間であったと私には思えます。
 自然の掟に逆らった愛には、その形態にふさわしい悲劇の結末が訪れました。しかし、空腹に耐え、ひたすらオリックスを守ろうとしたライオン、そしてその愛を信じて身を寄せた小さなオリックス、この類いまれな二頭の姿は、悲劇を超越し、私の胸に深く刻まれるものでした。
 

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