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2006/01/13

Pepiteの美的な日々:サン・ラザール駅の中国人

 パリに住んでいた頃、クロアチア共和国からの留学生であるヤドランカ(通称アダ)と私は大の仲良しだった。サン・ラザール駅近くの彼女のアパルトマンをしょっちゅう訪ね、二人で貧しい夕食をこしらえては、馬鹿げた話に花を咲かせ、笑い転げたものだ。
 アダも私もめっぽうお酒に強い(アダはお国のラキアというアルコール度80の強いリキュールを平気で飲んだし、洋酒ならなんでもOKの私も、すぐに彼女に見習った)。そんなわけで、私が訪ねると、アダの部屋にはたちまちワインのボトルやビールの空き缶などが転がる始末となったのである。
 もちろん彼女と気が合ったのは、お酒のためだけではなかった。アダはヨーロッパの芸術に通じた大変知的な女性だった。そのうえ彼女の話すフランス語は、少し耳につく変なアクセントを除けば、ほぼ完璧だった。一緒にお酒を飲んでいないときのアダは、私を美術館やオペラ、映画やコンサートに連れ出し、美的なものに一つでも多く私が触れられるようにと気を配り、様々な知識を伝授してくれるまたとない友人だった。彼女自身も、私という素直な生徒を得て、自分の教授力を発揮できることに喜びを感じていたようだ。

 こうして、薄いブロンドの髪に神秘的な青色の目をしたアダと私は日増しに親しくなった(彼女の両親は、その目の色から、娘をアドリア海にたとえて、アダと呼んだ)。私は他の日本人の友達や、フランス人の友達といることよりも、大抵はアダと過ごす時間を選んだ。そして彼女も大抵は私といることを選び、二人で恋のこと、それぞれの国のこと、毎週欠かさずに観ていたテレビドラマのこと、家族や友人のことなどを語り合い、いつのまにか朝を迎える日も珍しくはなかった。 

 そんなアダが、留学の期間を終え、故郷であるクロアチアに帰った後は、私のパリでの日々は急速に色褪せ、言い知れぬ寂しさに心が押しつぶされた。

 アダが去ってからしばらくして、私は用があって、サン・ラザールの界隈へと出掛けることになった。用事をすませると、私は今や空っぽになった彼女の住まいの前にいた。そして思い出に満ちたその周辺をあてもなくさまよい、サン・ラザール駅へと向かった。
 駅の構内をぼんやり歩き回り、土産物や雑貨を売る屋台の前で私は何気なく歩調を緩めた。そこに並んだ商品が私の気を引いたからではなく、少し歩き疲れてきたのだ。
 するとアジア人の店主のおじさんが、たどたどしいフランス語で、私に話しかけてきた。どうにか彼の言葉を理解した私は、「日本人です」と答えた。
 「私と妻はここに住む親類を頼って、中国から出てきたばかり」というようなことを、彼は言ったのだと思う。よく見ると、おじさんの傍らには、ふっくらとしたやさしそうな夫人がいた。
 「お嬢さんもパリに住んでるの?」と、おじさんは訊いてきたが、話が長引くのを面倒に感じた私は「Je suis touriste(私は旅行者です)」と答えて、その場を去ろうとした。
 ところが、おじさんは「アタンデ(待ちなさい)」と、背中を向けた私の肩に手をかけて、引き止めた。驚いて私が振り向くと、「好きなのを選んでいいよ、気に入ったのがあれば持っていきなさい」と言った。おじさんの横で、夫人も大きくうなずいて、私を見つめた。わけがわからず戸惑う私が何の反応も見せずにいると、おじさんは手近にあった売り物のカーキ色のベルトをつかみ、私に差し出した。続いて夫人が、同じく売り物の花柄のスカーフを、恥ずかしそうに私の手の中に押し込んだ。
 「元気を出して」とおじさんが言い、夫人がひかえめに私の背中をたたいた時、私はようやく事態を理解した。

 二人はおそらく、私が「touriste(旅行者)」と言ったのを「triste(悲しい、寂しい)」と聞き違えたのだ。彼らの目には、異国で心細い思いをしている若者として私の姿が映ったのだろう。そして同時に、異国で新たな生活を築こうとする彼らにとって、「triste(悲しい、寂しい)」という言葉は、決して他人事ではない感情として胸に響くものがあったのだと思う。
 私はこの誤りを訂正しなかった。二人に礼を言い、背を向けて歩き始めた私の視界は込み上げてくる涙で、次第にあやふやなものとなった。ほんの通りすがりの人たちのこうしたやさしさに触れ、アダの不在による私の孤独は信じ難いほどに癒されたのだ。

 私は今でも、辛い局面につきあたるたびに、この出来事を思い出す。純粋な善意、やさしさが自分に向けられたこともある、そんな尊い記憶が、人生もまだまだ捨てたものではないという希望に私を向かわせる。パリを去る二日前、私はサン・ラザール駅に足を運んだ。だがそこにはもはや彼らのみずぼらしい屋台はなく、かわりにアラブ人が営む花屋の色彩豊かなワゴンが並び、時折行き交う人々の歩みを止めていた。

 

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コメント

ステキなお話ですね。

中国との国交はうまく行っていませんが、人と人のふれあいには国境はないと思います。

異国の地で似たよう面立ちの中国人はやっぱり親近感が沸きますね。

フランスではよく中華を食べます。
フランスの中華は、ヨーロッパの中で一番洗礼されていておいしいと思います。
ベトナム系だからさっぱりで口に合うのかな?

お友達が帰国して寂しい思いって良くわかります。
私もそんな経験があったから。
再会して、けんかばっかりしてたけど、リヨン駅で別れるとき二人して大泣きした覚えがあります。

駅は出会いと分かれの場所。

別れても、また降り立った街で新しい出会いがまっています。

投稿: Diane | 2006/01/13 14:48

Diane様

 メールでも言いましたが、この出来事が鮮明に私の記憶に蘇ったのは、Dianeさんのおかげです。Dianeさんとサンラザール駅で待ち合わせ、そして私が待ちぼうけをくらったという悪夢によって、私は久しく忘れていたサンラザールの、かつて印象に残った細部の映像を思い出したのです。(なにせ、待ち時間が長かったので)。
 そんなわけですから、ブログの記事の内容を提供してくれたDianeさんに、お礼を言わなければなりませんね。Dianeさんを知らなければ、私はこんな悪夢を見なくてすんだのですから☆

 フランスの中華がヨーロッパでは一番おいしいんですか?たしかにフランスの中華レストランはベトナムと一緒になっていますね。
 それで思い出したんですけど、パリの中国・ベトナムレストランのメニューにある、きしめんを炒めたような料理が好きで、私は13区(中華街)に行く度に食べていました。あれはなんていう名前だったかなと、思い出せずにいます。多分ベトナム料理だったと記憶しますが。もし知っていたら教えてください。

 美的なコメントをありがとうございます。なんだか胸がジーンときました。ヨーロッパで暮らしていたDianeさんには、特別な説明なしに、私の気持ちがわかってもらえるだろうと思っていました。
 人生には、出会いがあり、別れがあります。その別れからまた新たな出会いがあり・・・そんなことを繰り返すうちに、少しは物の道理を理解できるようになった私は、Dianeさんとは別れることがないように、可能な限りのあらゆる手立てを想定しておきます。たとえ、片思いだとしても・・・♪♪

投稿: Pepite | 2006/01/13 23:38

ベトナムの麺って言ったらフォーかな?

パリで暮らしていたなんてステキな経験ですね。
私もフランス語習いに行きたいです^^

何せ発音が難しいです。(・・;)

投稿: Diane | 2006/01/14 00:09

おひさしぶりです!
すごい感動的でした…きっとその夫婦と会うのは運命だったのでしょうね(*^_^*)
人生なかなか捨てたものじゃない…て思える事は日本の生活ではそうありませんから(^_^;)
人の心の温かさいいものですね(*UvU*)
また来ますね(^o^)/
私のブログは最近ヨゴレと化してきてますが…σ(^◇^;)。。。またムッシュもアップしますので覗いて下さいね♪

投稿: 仁子 | 2006/01/14 00:35

>Diane様

そうです、思い出しました!フォーでしたよ!
ありがとうございます。
Dianeさんはパスタ等の麺類が好きで、
ご飯はあまり食べないんでしたね。
私もご飯はめったに食べません。
嫌いというわけではないですが、酒飲みなので(笑)


>仁子さん

コメントありがとう。とっても嬉しいです。
仁子さんのブログはいつも見てますよ。
近頃はあやしい内容に傾きかけているようで、
ちょっとドキドキしますね♪
ひそかに続きを楽しみにしております。
我が家にもまたお越し下さい。

投稿: Pepite | 2006/01/14 10:44

わぁ~、すごくいいお話ですね・・・まるで短編小説みたい。 でも、作り話じゃないからよけいに感動して、嬉しくなりました。
人間の残酷さにウンザリすることもありますが、こんなに温かく優しい心をを持っているのも、また人間なんですよね・・・。 

とても勇気づけられました!    

投稿: sala | 2006/01/14 11:25

こんばんは~

実話と知り感動してしまった私。
小説を読んでいるような気分になりました。
出会った夫婦との優しい気持ちに触れる事は
日本で味わえるものなのかな~と思った次第です。
今の日本は、知らない人に関わる事を怖がる人の方が多いような気がします…
だから見て見ぬ振りをする・・・。私自身、今の日本の環境ではやはり怖く感じます。
だからその夫婦はとても勇気がある方たち、又はとても環境がいい所に住まわれてると思った次第です。

あ、近々遊びに行きたいと思っています~♪
また連絡します!!

投稿: nao | 2006/01/15 01:46

>salaさん

そうですね、salaさんの言うように、この頃ではいまわしい事件の報道などから、人間性の負の側面にうんざりすることがよくあります。
また、身近な人との関わりの中で、不快な思いをすることだって多々あります。
それでも、人生悪いことばかりではありません。
幸福な思い出に乏しい私でも、時としてこんなやさしさに触れることがあるのですから。

この記事に書いた出来事は、私の心の宝物です。
長年私は誰にもこのことを話さずにきました。
いささかセンチメンタルな話ゆえ、いつでも自分をクールに見せたいと願う私にとっては、なんだか言いにくいことだったのです。まして、涙を流す自分を表現することには大いに抵抗がありました。(だから、そのあたりの描写は控え目でしょ?笑)。


>nao

コメントありがとうございます。
この思い出の舞台はパリですが、私はこうした出来事が異国ならではのものとは思っていません。
むしろ、パリジャンは外国人に冷たいとよく言われるように、白人社会で暮らすのは、黄色人種であるアジアの私にとって、厳しくつらい側面もたくさんありました。
外国ではこんな素敵な思い出に恵まれることもあるというのではありませんよ。場所や環境が問題なのではなく、個々の人間がどのように感じ、どのように振舞うかということなんです。
人の思いやりややさしさは、お国柄や環境で制限されるものではないと私は思うんです。やさしい心を持つ人は、それが中国であれ、フランスであれ、日本であれ、少しも変わるものではないのだと。
ささいな日常生活の心に残る一コマが、ひとつでも多くnaoのこれからの人生に刻まれるといいですね。


投稿: Pepite | 2006/01/15 11:36

こんにちは♪

とても心に残るお話ですね!
最近は悲しいニュースが多いのでこうゆう話を聞くと
まだまだ心の温かい人もたくさんいるんだな・・・と思います(^-^)

投稿: ファズ | 2006/01/15 17:02

ファズさんへ

嫌な世の中ですが、やさしい人もいるのだということを心の支えにして、生きていきましょうね。
この前、ペットショップでヨウムと遊び、幸せなひとときを過ごしました。ヨウムは頭がよくて、やさしい性格の鳥ですね。前からずっと好きでしたが、これでますます飼いたくなりましたよ。
カピが許さないだろうけど・・・
ファズさんのブログは写真や動画も豊富で、本当に楽しいですね。私の読者には鳥ファンも結構いるので、きっとファズさんのブログにも遊びに行ってるはずですよ♪
ファッちゃんとりょうくんによろしく。

投稿: Pepite | 2006/01/15 19:48

やはりABOXが一番ですよね~(T▽T)笑
検討します…(¯ー+¯)ニヤリッ

投稿: 仁子 | 2006/01/18 22:06

仁子さんへ

お買い上げありがとうございます(と、仁子を追い詰める)。
でもまあ、本当のところ、鈴やんにアドバイスを求めたら?
それが私のアドバイスです。

アドバイザーより・・・(爆笑)

投稿: Pepite | 2006/01/19 07:49

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