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2005/12/30

ヴェニスに死す(1971年イタリア映画)

venis 監督 
ルキノ・ヴィスコンティ
出演 
ダーク・ボガード
ビョルン・アンドレセン
シルヴァーナ・マンガーノ


カンヌ映画祭25周年記念特別賞受賞

 「ヴェニスに死す」は、ドイツの作家トーマス・マンの同名の小説を、イタリアの映画監督ルキノ・ヴィスコンティが映画化したものです。
 時は1911年。イタリアのヴェニス(ヴェネチア)のリドで、療養を兼ねた休暇を過ごす著名なドイツの作曲家グスタフ・アッシェンバッハ(ダーク・ボガード)は、その地で同じく休暇を過ごすポーランド人の家族の中に、タッジュウという名の類いまれな美少年を見い出し、瞬く間に心を奪われてしまいます。芸術的創作の行き詰まり、人生の不幸、老年による身体の不具合などに悩まされ、心と体をやすめるために訪れたヴェニスで、アッシェンバッハを待ち受けていたものは、魂が震えるほどの美的な存在との出会いでした。
 芸術とは「倫理」であり、芸術家は「倫理の手本」であらねばならぬと考えてきたアッシェンバッハにとって、この美少年への愛は、それまで彼が信じてきた芸術の、あるいは人生の基盤を破壊してしまうほど、耐え難く、せつないものでした。
 ホテルの食堂に、ロビーに、浜辺に、リドの街中に美少年の姿を探し求め、さまようアッシェンバッハ。次第に常軌を逸してくる自らの行動に絶望し、倫理の崩壊を恐れた初老の芸術家は、ヴェニスを去る決意を固めます。
 ところが、運命のいたずらか、列車に乗ろうとしたその時、彼の荷物が違う目的地に誤って運ばれたことを知ります。「すぐに手配して、数日後に送り届けます」という駅員の言葉を彼は受け入れず、荷物が戻ってくるまでリドで待つと言い張って、タッジュウのいるホテルへと戻って行くのでした。アッシェンバッハはこの運命のいたずらを歓迎したのです。タッジュウの姿を再び目にすることができるという喜びが、アッシェンバッハの全身を満たします。そしてこの出来事により、彼を苦しめた倫理と愛の矛盾、厳しい対立が次第に影を潜め、もはや、感情のおもむくままに、彼はタッジュウの姿を追い求めるようになるのです。
 一方、この頃ヴェニスには死の伝染病が蔓延しつつありました。観光地として栄えるこの地にとって致命的な事実を、当局はひた隠しにします。事の真相に気づいたアッシェンバッハは、それでもタッジュウゆえに、ヴェニスを去ろうとはしません。タッジュウの母(シルヴァーナ・マンガーノ)に「即刻、タッジュウを連れてここを去りなさい」と訴え、まさにタッジュウの一家がヴェニスを発つその日に、彼自身がこの伝染病に倒れ、息絶えてしまいます。死にゆくアッシェンバッハが最後に見たものは、日差しを受けて浜辺に佇む美少年の、神々しいまでの生の輝きでした。

 
 私はこの映画を何度観たか、もう正確に数えることができません。気に入った作品は映画でも小説でも、何度も何度も鑑賞し、再読し、とことん向き合い、心に刻み、味わい尽くすというのが、私のやり方です。その数は半端ではありません。「この本大好きで、2回も読んだ」などと友人に聞かされるような時、たった2回?と私は驚きます。これが10回でも、私は少なすぎると感じるでしょう。私にとって真の名作とは、こうした度重なる鑑賞に耐え得るもの、少しも飽きることがなく、触れれば触れるほど一層深く心に刻まれるものと言うことができます。
 もちろん、そのような作品は、それほど多くはありません。「ヴェニスに死す」は、こうした前置きが示すように、私にとって真の名作に数えるもののひとつです。
0003venis  観念も信条も破壊してしまうほどの美の力を、これほど見事に表した作品は他にないと思えます。ビョルン・アンドレセンが演じる美少年タッジュウは、この映画の中で、まるで絵に描いたようなわざとらしいポーズをとって、繰り返し画面に登場します。普通ならこんな場面の連続は、観客をしらけた気分にさせそうなものですが、この映画の場合、必ずしもそうはなりません。なぜなら、彼が圧倒的に美しいからです。ともすれば、失敗にもなりかねない危うい演出を、ヴィスコンティ監督が堂々と表したのは、その美貌に絶対の自信を持っていたからなのでしょう。
 タッジュウの美の力を前に、なすすべもなく崩壊する著名な音楽家アッシェンバッハの悲劇を彩るのは、映画の全篇を流れるマーラー交響曲第5番第4楽章「アダージェット」です。このあまりにもせつなく美しい旋律が、セリフの少ないこの映画においては、完璧に言葉のかわりをつとめていて、深い感動を覚えずにはいられません。
 生命の輝きに満ちた若く美しい存在と、老いて、病におかされ、光を次第に失う芸術家の悲しいコントラストが浮き彫りにされるにつれ、この映画を観る者の心は、アッシェンバッハの滑稽とも思える行動や愛情に同情し、あるいは共鳴し、彼の側に立って悲劇を味わうことになるのかもしれません。しかし、これまで私が「悲劇のコレクション」の中で何度も繰り返し述べてきたように、美的な存在は、そんな悲劇には何の影響も受けません。息絶えるアッシェンバッハの前で、美少年タッジュウは燦然と輝き続けるのです。

 原作者であるドイツの作家トーマス・マンの作品について、前にも「トニオ・クレーゲル」を紹介したことがあり、私はマンのファンと思われそうです。けれども実はそれほどでもなく(笑)、芸術とは何か、人生とは何かといった主題を正面から論じることに気恥ずかしさを感じる世代に属する私にとって、マンの小説は、内容としては好きですが、いささか面倒で、退屈なものに感じることがあります。(とくに、「魔の山」なんかは・・・)。
 マンの「ヴェニスに死す」は二度読んだだけで(二度目は必要があって)、あとはもっぱらヴィスコンティが描いた映画のほうを偏愛しています。ヴィスコンティはタッジュウ役の少年を探して、ヨーロッパ中を駆け巡ったのだそうです。そして彼はようやくビョルン・アンドレセンという美少年を見つけ出したのでした。恐るべき執念です。そしてこの映画の成功の鍵は、ひとえにヴィスコンティが美少年ビョルン・アンドレセンを探し当てたことにあるのだと、私は思っています。

 かつて一大ブームを惹き起こした少女漫画「ベルサイユのばら」の主人公オスカルは、ビョルン・アンドレセンをモデルにしたものだったそうです。ベルばら世代で、オスカルに心酔した方々も是非この映画をご覧になってください。一年の終わりは、美的なもので締めくくりたいですね。

 (なお、この映画の美少年の名前については、タージオ、タドゥツィオなど、様々な呼び方がなされていますが、私にとっては長年タッジュウなので、ここではそのように記すことにしました)。

   
     

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2005/12/25

Christmas

noelcadeaux 

Wishing You A Wonderful Christmas!

              duoanges         

                   

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2005/12/23

Pepiteの美的な日々:忘年・クリスマス会

IMG_1409 12月22日、Aプロダクション(Aプロ)の忘年会兼クリスマス会が、せいろ蒸し料理で有名なお店で催されました。参加したのは、サスペンス女優のY、歌手のH、ジュラシックパークなどで活躍中のE、京都の老人役がはまったS・Y、アイドルT、K、Sさん、将来有望な子役のNONちゃんなど、15名。

 私たちの他は誰も客がいないがら~んとした広い店内(やけに寒い)。それもそのはず。時刻はまだ夕方5時過ぎ。こんな時間から飲み始めるのは私たちくらいのもの。普通の人はまだ会社にいるよ~!

MERRY CHRISTMAS!

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今年は私がトナカイ役をつとめ、大いに盛り上がりました。このマフラーはみなさんからのプレゼント。その他にも、セーター、手袋、FAUCHONの紅茶のセット、心のこもったおもしろカードをもらったよ。みなさん、ありがとう!

 

  

  
                                          

IMG_1384 女優Yの横顔は、歯に注目。これを凶器に、ドラマ中で犯した殺人も数知れず・・・怖い!Yにはこのところドラマの出演依頼がありません(仕事しろよー!)
NONはホント、かわいいね~!!Pepiteのお気に入りです。食べちゃいたい。ちなみにNONの母は歌手のH。こちらも名曲「****」以来、ヒット曲なし・・・

  
 IMG_1383                 

NONの写真をもう一枚!この日はお父さんのI君も来てくれるかなと、ちょっと期待したんだけど・・・タイプなのよね、彼・・・でも私のキス攻撃を恐れてか、現れませんでした。

残念!

  
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 AプロのアイドルTさんにトナカイからのフレンチキス!
 来年はサンタ役やらせて~!    

                                          

IMG_1356

なぜか、来日中のヨン様も駆けつけてくださいました。

 この後、会はさらに盛り上がり、大暴れしてトナカイの角が折れ、あきれたヨン様が帰ってしまわれました。お店の方々、いつも騒がしくてすみません。私たちがしょっちゅうこのお店を利用するのは、せいろ蒸し料理がとくに好きだからというわけではなく、ここは時間制限がないから!長時間滞在タイプの私たちにはピッタリなんです。
 ともあれ、Aプロのみなさん、楽しい一夜を演出してくださり、ありがとうございました。

読者の皆様にとっても、良いクリスマスでありますように。

                                       PEPITE

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2005/12/19

Pepiteの美的な日々:草千里(くさせんり)

 それは、満員電車の車両の片隅で揺られていたある日のこと・・・・。扉の前のわずかなスペースに立ち、人ごみに背をむけるように、窓ガラスのほうを向いて、私はせつない思いでS君(ダーリン)のことを考えていた。車窓から、流れる景色を眺めながら・・・と言いたいところだが、すし詰めの乗客と外の低い気温のせいで、窓は真っ白に曇っていて、景色などまるで見えなかった。時折窓ガラスに水滴の細い筋が流れるほどに。
 ともあれ、曇った窓ガラスのせいで景色が欠けていたとしても、ある週末に、私の愛を裏切ったS君への思いを断ち切ることができぬまま、私は恋心を抱き、押しつぶされそうな人ごみの中で、孤独を感じていたのだ・・・・。

 そんな物悲しい私の心とは裏腹に、満員電車の息苦しさなどにはなんの影響も受けていない騒がしい女の子の二人組が、私の背後で学校の話(どうやら女子大生のようだ)、二人のうちの片方が飼っているらしい柴犬の話、友達の悪口など、次々に変わる話題で盛り上がっていた。悲しみに浸る私にとって、いやその他にも人生に疲れ切ったうつろな表情をした多くの乗客にとって、それはなんとうるさい雑音だったことだろう!

 ところが、そのうら若き乙女たちの雑音に、私の意識がふと向けられる瞬間が、思いもよらず訪れたのである。彼女らの話題は、この夏旅行したという九州の思い出に移り、福岡-大分-熊本といったルートで旅したと思われる彼女らは、熊本のある観光地の名を二人とも思い出せずにいたのだ。
kusasenri    「阿蘇山に行く手前にあったあの草原、すごくよかったと思わない?緑が広がってて、池とかもあったし、牛とか馬とかもいたし、あれ、すっごくよかった!癒された~って感じ」と、ひとりが言うと、「あたしもあそこが一番印象に残ってる。ソフトクリームおいしかったし。あれなんていうとこだっけ?」と、相棒。
 「なんだっけ?思い出せそうで、思い出せない。阿蘇山の近くだから、阿蘇草原とか・・・」
 「そんな感じの名前じゃなかったよ。あたしもあとちょっとで思い出せそうなんだけど、あれっ、なんだっけ?気になる~~!」
 「あたしも気になるよ。お願い、思い出してー!阿蘇草原でもないし、熊本草原でもないし・・・、高原かな・・・、ほんと、思い出さなきゃ、すっきりしないじゃん!」

 たまたまその観光地の名前を知っていた私は、恋するS君のことも忘れて、二人の乙女に、私の心の叫びが届くようにと念じた。「草千里、それは草千里よ~!」 
 しかし、残念なことに私は超能力者ではなかった。私の心の中の叫びもむなしく、彼女らは、その名を思い出すことはなかった。こうなると、彼女らよりも私のほうがすっきりしない。私は勇気を振り絞って、「差し出がましいようですが、お嬢さんがた、たった今話されていたことを偶然耳にしたのですが、それはもしや、草千里では?」と言いたくて仕方なかったのだが、慎み深く、内気な私にそんな振る舞いができるわけはなかった・・・。

 うつろいやすく、忍耐に欠ける乙女たちの話題は、いまやちがうところに向かいつつあった。いや、その前にどうしても彼女らにこの地名を思い出してもらわなければならない。それが、たまたま近くに乗り合わせ、彼女らの疑問の答えを知る私の義務ではないかと、生真面目な私は考えた。
 しかし、どうやって・・・・。ふと、目の前の蒸気で曇った窓ガラスの存在が意識に上った。そうだ、これを利用すればいいんだ!内気な私はふるえる指先で、曇った窓ガラスに、波打つような文字で、草千里、と書いた。(私の文字の端から水滴が流れ落ち、それはさながら、オカルト的な様相を呈していた)。
 そして彼女らにその文字が見えるように、窓ガラスの前から少し身を反らし、二人がそれに気づくのを待った。

 ほどなく、「あっ!」という乙女のひとりの驚きの声が耳に届いた。「どうしたの?」と、もうひとりの乙女。「ほら、あれ・・・草せんり!」(二人、爆笑!)

 二人の笑いは時折こそこそ話しに変わりながらも、いつまでも続いていくように思われた。私は自分の義務を果たし、S君のこともしばし忘れ、満たされた気持ちで、電車を降りた。

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2005/12/14

ある商人の思い出(Pepite)

 「1800円です」

 gourmet_marugoto 愛する馬たちに京都で苦しめられ(京都競馬場で惨敗)、重い足取りで家路につく数年前のとある週末の私。財布に残ったお金は2000円。最寄の駅に着き、電車を降りると、駅前にはかに売りの軽トラック。そしてその看板には、ずわいがに1800円、美人半額と記されていた。かには私の大好物である。
 私は頭の中でざっと計算する。まずかにが900円で、あと1100円残るので、ビールを2~3本と、我が家の小鳥たちへのおみやげの野菜も買えるな、と。
 私がかにの代金を900円と見積もったのは、自分を美人と思っていたからではない。そもそもこのかには900円の価値のもので、それをお客さんに気分良く買ってもらうための、商人らしい工夫であると考えたのだ。「お姉ちゃん、べっぴんやから半額や!」といった具合に。
 ところがこのかに売りはちがった。私が思ったような商売上の工夫など関係ない厳しいまなざしが、私を待ち受けていた。
 「かにください」と言った私を、50代なかばと思われるかに売りのおやじはじっと見つめた。
 そして、その審判に時間はかからなかった・・・・・。

 こういう体験をした時、大抵の人がどのように感じるかは想像がつく。倍の値段を払わされた上、不美人の烙印を押されるのである。不愉快にもなろう。
 だが、常日頃から美を至上のものと考える私はちがった。ビールをあきらめなければならない辛さはあったが、かに売りの審判に、むしろすがすがしさを感じたほどである。なんという勇気の要るやり方だろう!私はこのかに売りの男の中に、自分と同質の魂を見出したのだ。
 その後、このかに売りの車を見かけていない。だが冒頭に太字で記した彼の言葉「1800円です」は、芸術家が生み出す言葉と等しく、逆説的に美の優位を示すものとして、私の耳に今でも残っているのである。

 なお、この記事は迷った末、カテゴリー中の「悲劇のコレクション」のほうに加えることにした。

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2005/12/09

Pepiteの美的な日々:失礼な焼きそば屋

 「もっとソースかけな、味ないで!」

 私の家の近所に、小さな焼きそば屋がある。そこはなんとも変わった店で、店主(体格のいいおやじ)はただ鉄板で炒めた野菜と肉と麺を皿に盛り、客の前に置くだけ。カウンターに並んだソースやコショウなどで、客が自分で味付けするというシステム。
 そんなことは知らない私が、白い焼きそばを、これって塩味?と思いながら食べようとすると、「ダメダメ、そのまま食べてどうすんの?ソースかけてもらわな、味ないで」と、おやじ・・・・。
 なるほど、ならばとソースの瓶を皿の上でくるりと回し、かきまぜて食べようとすると、「もっとソースかけな、味ないで」と、またおやじ。
 はいはいと、私がソースを注ぎ足すと、「まだまだや、わしがSTOPって言うまでかけなあかん」。「よっしゃ、それでちょうどいい味や。コショウをかけたらもっとおいしくなるで~」。

 あのねえ、そこまで指示するんだったら、自分で味付けしたら?

 ようやく食べ始めた私をじっと見つめるおやじの不気味な目。「あんた・・・」と、低い声でおやじ。「はぁ?」と私。「あんた・・・、なんかオウムみたいやな」????

 インコを飼っている私は、時々鳥かごを抱えて近所の友達の家に遊びに行くこともある。そんな光景をこのおやじが見たことあるのかな、と思った。私は決して鳥顔ではないし、たぶんおやじはそのことを言ってるんだろうと・・・・・。
「ああ、あれはオウムじゃなくて、インコですよ」と応じた私。
「えっ?誤魔化さんでいいで。あんたオウムやろ。オウム真理教におりそうな感じやわ」

 私は注文しかけた生ビールを取りやめて、詰め込むように焼きそばを胃袋におさめ、無愛想に勘定を済ませた。「また来てな~!」と去り行く私の背中におやじが陽気につぶやいた。
「二度と来るか~!!」

 その焼きそば屋から程遠からぬところにあるラーメン屋。何度か雑誌に取り上げられたこともあるというその店では、店内の壁に「おいしいという言葉は聞き飽きた。黙って食べろ!」という大きな張り紙がしてある。 私と友人は、カウンターに並んで座って黙って食べた。「そんなにおいしくないじゃん!」とそれぞれの心の中でつぶやきながら・・・・・。

 そんなわけで、私のグルメ情報は不発。本物のグルメ情報は、PepiteおすすめのHP、The Gothicで仕入れてください。

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2005/12/03

Pepiteの美的な日々:和太鼓

「趣味は和太鼓IMG_1347」の真実

 最近知り合った人への自己紹介の一部として、あるいはブログやHPのプロフィールに「趣味は和太鼓」と述べていることもあり、少数の人たちは、私を和太鼓奏者のようにイメージしていることに気づきました。和太鼓奏者??まさか!本当はそんな誤解をそのままにしておきたいところなんだけど、「いつかその腕前をみてみたい」などと真面目に言われると、渋々真実を明かさなければならなくなりました。だって、お見せできるような腕前なんてないのだから。

  そんな誤解を与えたのは、気取り屋の私のもったいぶった口調のせいでしょう。言葉巧みに(?)和太鼓の魅力や、古来からの人と音楽の関係などを知ったかぶりで(実はたいして知らない)語る私を見れば、「この人、和太鼓暦20年くらい?」なんて思われたとしても、仕方ありません。いつでも自分のことを実際よりもカッコよく見せたい愚かな私は、ついついそんな演出をしてしまうのです(もしかして、私ってナルシスト?)。

 「あんた、バカじゃない」とまたしても親友に怒られた私は、仕方なく予定よりも早く、実態を告白しなければなりません。IMG_1348
 和太鼓暦3ヶ月弱。「ぶんぶんぶん、ハチが飛ぶ~」や「咲いた咲いた、チューリップの花が~」などのリズムをとって太鼓の入門教室で稽古する私。いつもはヨーロッパの芸術や美学についてもっともらしい理屈を重ねる私が、「ぶんぶんぶん、ハチが飛ぶ~」などと口ずさみながら、必死に太鼓のバチを振り下ろし、しかも時々打ち間違えて、教室のムードをぶち壊しているなど、誰が想像するでしょう!
 できれば来年3月の発表会までは、この実態を隠しておいて、いざその発表会で、太鼓奏者であるはずの私の、幼稚園児のようなかわいい(?)演奏に唖然とした皆さんの笑いを我が物にすることが狙いだったわけです。つまりウケ狙い。
 なのに、「太鼓の公演、楽しみにしています」という読者のコメントや、「和太鼓の世界の魅力を教えてくれる演奏に期待します」というようないくつかのメール、さらに親友の「いい加減にしたら~」というお叱りのおかげで、私の凝ったギャグが完成することはありませんでした。でもこんなユーモアは、退屈な私たちの日常にはむしろ必要なのでは?笑える機会は多いに越したことはありませんよね。私はそう思うんですが・・・・。

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