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2005/11/14

美少年ナルシスの神話(オウィデウス著)

 「水面に手をのばせば、影はこわれる」

 ローマの詩人オウィデウスの「変身物語」の中で、ナルシス(ナルキッソス)という美少年が水仙の花と化す話が綴られています。ナルシストという言葉の語源となった神話です。
 
 河神ケピソスと妖精レイリオペの間に生まれた美少年ナルシスは、自分の美しさに自惚れて、16歳になっても若い娘たちに目を向けることはありませんでした。
 ナルシスに恋をした妖精エコーは、報われぬ思いに体が痩せ細り、骨は石となり、声だけが残って、ついにはこだま(エコー)になってしまいます。自惚れの強いナルシスに怒った妖精たちは、ナルシスが誰かに恋をし、そしてその恋が実りませんようにと、復讐の女神に願うのでした。
 妖精たちの願いは復讐の女神にきき届けられます。ある日、ナルシスが喉の渇きを癒そうとして、泉のほとりで身をかがめたとき、水面に映った自分の姿に見とれ、魅せられてしまいます。自分の影を実体と思い込み、恋をしたのです。こうして幾日も泉のほとりで見とれるうちに、ナルシスは力尽き、最後には白い花びらにまわりをとりまかれた黄色い水仙の花と化してしまったのでした。

 水面に映った自分の姿に、それとは知らず恋をしたナルシス。自らの影を慕ったナルシスには、接吻することさえも許されません。水面に手をのばせば、影はこわれてしまうからです。彼にできるのは、ただ見つめること、注視することのみ・・・・。
 この完全な純潔、完全な孤独が、ナルシズムの宿命です。そしてナルシスの清らかな不毛は、水仙の花と化すことにより、永遠になるのです。

 もしもナルシスが泉を離れ、歩き始めたとすればどうなっていただろうかと、私はしばしば考えます。自らの姿を映す泉の鏡がなければ、彼は自分に似た美少年を愛したかもしれません。そうだとすれば、今の世でも美貌を誇るファッションモデルなどに、同性愛者が多いことに納得がいきます。彼らは泉を離れて歩き出したナルシスなのでしょうか。
 いずれにせよ、男色が盛んであったギリシャ・ローマのヘレニズム文化の時代は、鋭い洞察で、申し分ない美少年の本質的な悲劇を抽出するのに、可能な背景を持ち合わせていたことに疑う余地はないようです。

 また別の局面では、現代社会の深刻な問題として、自己愛人格障害などの<ナルシズムの病理>を思い出さずにはいられません。これについてはここで詳しく述べることはできませんが(「書籍」で紹介した心理学の本を参考にしてください)、ナルシズムの病理もまた、ナルシスが泉を離れて歩き出した結果と言えるのかもしれません。
 しかし神話は、美少年ナルシスを、現代社会に蔓延するナルシズムの病理にみられるような不快な人間にはしませんでした。純潔と孤独の中にナルシスを閉じ込め、永遠なる清らかな不毛を与えたのでした。
 
 ナルシスの完全な純潔を美ととるか、あるいはナルシスの不毛な生のむなしさをどう捉えるかなどといった議論は、私にはどうでもよいことに思われます。そうした問いへのすべての答えには、何ら意味はないからです。私が美少年ナルシスを思う時、そこにはただ、純潔と孤独、清浄さと不毛があるのみです。

続編(2006年3月9日記事)「花になった美少年たち」

 

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コメント

美少年ナルシス・・・・
すごく好きなお話です。
残酷だけど、純潔の美少年って美しい。
美少年なのに誰のものにもならないっていうのがいいのかもね。

先日は久しぶりに電話で声を聞けて
うれしかったです(^0^)
腕の怪我大丈夫ですか。
早く治してまた卓球であそびましょうねー!

投稿: N様の妻 | 2005/11/23 19:11

あの~ またまた素朴な質問がございますの・・・
この時代に「鏡」というものは
存在していなかったのでございましょうか???

投稿: dekako | 2006/03/17 17:01

>dekako様

私もそれをとても不思議に思ったことがあります。
水面が鏡の役割をするという物語の背景から、
やはりこの時代は鏡というものがなかったようです。
鏡石という、影をよく映す岩のようなものは存在していたかもしれませんが。
これは日本の伝説にもたびたびあらわれるオブジェで、今の鏡のようにくっきりはっきりというわけにはいきませんが、ぼんやりと姿を写してくれていたようです。
私はどちらかというと、このような鏡のほうを、
個人的な事情で好みます・・・。
古い記事のコメントコーナーでこうしてdekakoさんとやりとりしてるのは、なんだか密会のようで、ドキドキしますよ。
あっ、でも、この記事は我が家の人気NO.1ですから、これを読んだ親愛なる読者の皆さん、
是非「でかい系ライフ。」を訪れてみてくださいね。
サイドバーにもリンクを貼っておりますので。

「でかい系ライフ。」のエージェント、Pepiteより。

投稿: Pepite | 2006/03/17 22:52

最新の記事にナルシス君が紹介されていましたので
まず基本から とこちらを先に拝見いたしましたの。
鏡・・なんとなくわかりましてよ! 神社に奉納されて
いるああいう鏡でございますわね。
でもあらたに疑問・・ナルシス君は子供のころから
一度も水面を見たことがなかったのでしょうか?

(サイドバーリンクありがとう存じます。
 感謝感激雨霰でしてよ!)

投稿: dekako | 2006/03/19 16:41

>dekako様

う~ん、難しい質問ですね。
水道の整備はなかったわけですから、
やはり泉で喉の渇きを潤す折などに、
自分の姿を見たのではないかと思います(と、真面目に答える私)。
しかし、たまたまナルシスが性愛に目覚めたのが
この時期ならば、
こうした展開も有り得たでしょう。
というか、そういうことにしておきましょう(笑)
ただ、悲しいことに、彼がそれと知らず愛した男は、自分自身だったわけですが・・・・

投稿: Pepite | 2006/03/19 22:07

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